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上質で日本の技術が息づいた江戸小紋。“素材”としての世界進出への旅路。【前編】

江戸小紋のヒジャブを目指し、いざムスリム市場へ

2016.09.20

江戸時代、武士たちの裃や袴の生地として発展し、東京の地場産業となった。
そんな江戸小紋をムスリム市場に持っていこうという物語。
高い技術で染められた和モダンな生地は、果たして彼の地で受け入れられるのか。
まずこのチームが、空想したのはイスラム女性の日用品「ヒジャブ」を作ること-。

株式会社Culture Generation Japan 堀田卓哉

株式会社Culture Generation Japan 堀田卓哉

株式会社Culture Generation Japan 堀田卓哉
株式会社Culture Generation Japan代表。大学卒業後、株式会社セリク入社。フランスの技術や商品を日本企業に導入する仕事に携わる。その後モナコ大学でMBAを取得し、2006年より株式会社ホンダコンサルティングに。HONDAグループの経営再建を行う。2011年、株式会社Culture Generation Japanを設立。東京都美術館との『Tokyo Crafts&Design』ほか、伝統工芸品やその技術を国内外へ広く紹介している。TCI研究所・西堀耕太郎氏と共に、中小機構による「Next Market In」事業を進める。2016年には、パリ・マレ地区に日本の技術をフランスに発信する「アトリエ・ブランマント」設立に参画する。

Paragraph 01

「堀田さん、ヒジャブが作りたいんだ!」。職人のひとこえから壮大な挑戦がはじまる

「堀田さん、ヒジャブが作りたいんだ!」。職人のひとこえから壮大な挑戦がはじまる

富田篤さんのこんなひとことからこのプロジェクトは始まった。富田さんは『富田染工芸』の五代目で、江戸小紋の職人である。生地に型紙を載せて糊を置いてゆき、地色を染めると糊の部分だけが白く残り、柄が染め抜かれるというのが江戸小紋の技法。一見無地だけれど、近づくと鮮やかに柄が浮き立つ。小紋という柄自体は室町自体からあるそうだけど、江戸小紋は武士が裃の柄として取り入れ、それが町人に広がって江戸期にブームが到来。地場産業として東京にも根付いたという。

富田さんのところは明治初期からの工房。手漉き(てすき)和紙を柿渋で貼り合わせた型紙は開業当初から残るものも含めると、おおよそ12万型がある。日本の伝統工芸ながら、非常にモダンなプレゼンテーションのものも多い。

そうそう、ヒジャブというのはアラビア語で「覆うもの」という意味。イスラム圏の女性たちが頭を隠すのに使っているあの布のことだ。
和の佇まいだけどモダンな自分のところの江戸小紋を使ってヒジャブを作りたい! 富田 篤さんが思いついたのは、2015年春のことだった。

さて富田さんが声をかけたのが、このものがたりの主人公堀田卓哉さんだ。Culture Generation Japanという会社の代表で、さまざまな日本の伝統工芸を世界に紹介しているプロデューサーである。
実は富田さんとは、この時が初対面ではない。その意外な出会い方と、このプロジェクトの成否を左右するある知見を得ることになる失敗談を紹介するために、少しだけ堀田さんの歴史についてご紹介させてください。

事業者

江戸から続く「江戸小紋」の伝統と技を継承しつつ、その可能性を拡げる「富田染工芸」

東京・新宿の地場産業「東京染小紋」・「江戸更紗」の伝統と技を継承している「富田染工芸」。明治初めに浅草の馬道で初代が創業し、現在は五代目の富田篤氏が引き継ぐ。伝統を継承するだけでなく、流行りに敏感だった江戸の子のこころで、スカーフや、ネクタイ、ポケットチーフといったアイテムも手掛ける。作業場の一部を博物館「東京染ものがたり博物館」として公開、工房体験なども行っている。

富田染工芸

日本・東京
住所:東京都新宿区西早稲田3-6-14

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Paragraph 02

なぜ、堀田さんが日本の伝統工芸を世界に紹介するに至ったか

堀田さんは現在39歳(2016年8月取材時)。「思春期にバブル崩壊、阪神大震災、山一証券経営破綻などを体験して、このまま日本にいたらマズいんじゃないかと海外志向になってしまった」と、キャリアのスタートはフランスの技術や企業を日本に紹介するコンサルタント会社から。その後モナコ大学で、23カ国出身の同級生たちに混じってMBAを取得。

「ありがちな話ですが、フランスのコンサルで働き、モナコの大学に行って、欧米人と付き合って海外に暮らしてみると、自分が日本人であることを改めて実感させられたんです。とくに日本文化の良さを再発見しました」

帰国後、ホンダのインハウスコンサルティングに職を得ていた時、転機が訪れた。堀田さんの仕事はグループ会社の経営再建だったのだが、ホンダのディーラーは会社によって規模が全然違っていたという。数百人の社員を抱え複数拠点を持つ会社もあれば、本田宗一郎の自転車店から派生したような社員十人ほどの小企業まで。そこで小さな会社の現実と仕事へのスタンスを知ることができた。
そしてもうひとつ、職人との出会い。こっちは仕事とは全く関係ないところで生まれた。

「僕、浅草に住んでいまして。三社祭りに参加したくて地元の青年会に混ぜてもらったんですよ。そこに、さまざまな伝統文化の担い手たちがいたんですね。江戸提灯職人の六代目だとか、もなかの皮を作って100年です、っていう仲間とか。『僕らの仕事は日本の文化をより良いものにして、のちに伝えていくこと』なんて言いながら目をキラキラさせている。カッコいいなと思いました」

出会った職人たちの多くは30代。世代交代を迎え、受け継いだ技や伝統を新しいカタチで世に問いたい。腕に自信があり、やる気もある。でもどうすればいいのかわからない。そこに自分ならビジネスのプロとしての腕を貸せると堀田さんは考えるようになった。そこにデザインの技術やセンスのある人、もっと他の分野の専門知識を持つ人が集まることのできるプラットフォームを作れば、日本の伝統文化はもっと面白い展開ができるに違いない。

プロデューサー

堀田卓哉氏代表を務める日本伝統工芸・技術のプロデュース会社

日本の伝統工芸・技術のプロデュースを軸に、事業開発・商品開発・販路開拓などを手掛ける。経済産業省中小企業庁 中小機構からの受託事業「Next Market In事業」で、海外専門家とのコラボによる商品開発・海外販路開拓を行っている。

株式会社Culture Generation Japan

日本・東京
住所:東京都港区西新橋3丁目15-6 AS ONE愛宕302
http://www.culgene.jp/

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ギャラリー

日本の職人技術を、パリから世界に表現するギャラリー・セレクトショップ

元エルメス本社副社長・齋藤峰明が総合ディレクターを務める、日本の良品をパリから世界へ発信するために2016年1月パリ・マレ地区にオープンした物販スペース併設のギャラリー「アトリエ・ブランマント」。月替わりで日本の様々な文化をイベント形式で紹介。

ATELIER BLANCS MANTEAUX

住所:38 rue des Blancs Manteaux, 75004 Paris
http://abmparis.com

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Paragraph 03

いい製品が必ずしも売れるとは限らない。

いい製品が必ずしも売れるとは限らない。

そうして堀田さんは2011年に会社を立ち上げるのだが、実は富田さんと出会うのはその直前だった。会社勤めをしながら「そういうこと」ができないか模索していた頃のこと。

「きっかけは検索です(笑)。一般の人が伝統工芸を体験できるイベントのようなことを企画していて、『東京 伝統工芸 体験』みたいなワードで検索して、二番目にヒットしたのが『富田染工芸』で、アポなしで飛び込みで行ってみたんです。それ以来ですね。実は富田さんが、僕にとって初めて仕事上できちんとおつきあいすることになった職人さんなんです」

最初は単にイベントの体験先として堀田さんからアプローチ。その後、富田さんからの連絡で着付け講座などのイベントも開催。堀田さんが起業した際、最初に関わった大きなプロジェクトで連携したのも富田さんの江戸小紋だった。

「東京都美術館が始めた『TOKYO CRAFTS & DESIGN』という事業で、これは東京の職人と若いデザイナーをマッチングさせ、新しい伝統工芸を作っていこうというプロジェクトだったんです。最終的な出口は、ミュージアムショップで売るための商品。そこにうちが事務局として参加しました」

東京にある41の伝統工芸の職人組合に参加を募り、個別に入って欲しい職人さんに声をかけた。30人以上が公募で手を挙げ、彼らの技術と製品をWEBで公開。それに対してデザイン案を募り、アートディレクターと美術館の学芸員で最終選考をするという流れだった。最終的に10個の試作品ができ、この時、富田さんの江戸小紋は、ポケットチーフになった。それが2012年のこと。

「うちの会社の初仕事で、すごくいいものができたという自負もあったので、『ミラノ・サローネ』に参加したんです。市内のハコ貸しをしている会場で、10商品を並べて、『どうだ! こんなの見たことないだろう!』って自信満々で参加したんです。結果をいうと、個人にも企業にも1個も売れませんでした。『美しい』『素晴らしい』とは言ってもらえるのですが、同時に『ちょっと小さいかな』『ヨーロッパのアクセサリーだったらもっとゴージャス感がないと』『地味すぎる』なんてことを口々に言われ、ヨーロッパのライフスタイルに合っていないことを実感しました」

製品としての本質的な到達点はクリアしていた。伝統工芸の技と、新しい感覚の融合にも成功していた。でも「普段使えるのか」「どんな時に役立つのか」「自分のスペースに置いた時、どう見えるか」などは一切考慮していなかったのだ。

「こんなに美しい商品ができたら、海外でも売れるだろうと安易に考えていました。打って出る先にアジャストする努力が足りていないということを、いやというほど思い知らされたんです。この時、ターゲットとなる国の人、あるいは市場の事情をしっかり把握している人をチームに入れることの重要性に気づいたんです」

デザイナー

2.3万人のクリエイターが登録。デザイン案の公募・コンテンストを実施できるサービス/プラットフォーム

2.3万人のクリエイターが登録、公募やコンテストが実施できるサービス/プラットフォーム「loftwork.com」。オープンなWeb公募の仕組みや、登録クリエイターへのダイレクトなコミュニケーションにより、マーケティング効果も期待できる。クリエイティブの流通をミッションに掲げるクリエイティブエージェンシー、株式会社ロフトワークが運営。

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見本市

通称「ミラノサローネ」。グローバルなネットワークの場、デザインの発信拠点として知られるインテリア・デザインの見本市

「ミラノ・サローネ」は、毎年4月にミラノで開催される世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ国際家具見本市」の通称。正式名「Salone del Mobile.Milano サローネ・デル・モービレ・ミラノ」。「SaloneSatellite(サローネサテリテ)」と呼ばれる、事前審査を通過した若手デザイナーによる自主展示会場が設けられ、ユニークで意欲的なデザイナーの登竜門的存在となっている。同時期に、ミラノ市街でメーカーやデザイナーの自主的な展示もさまざまに行われる。画一的な出展条件がなく、展示の自由度が高いこれらを総称して「Fuori Salone(フォーリサローネ)」と呼ぶ。165カ国以上から31万人以上の来場者が訪れ、ドイツのケルン国際見本市を超える盛り上がりを見せている。

Salone del Mobile.Milano

イタリア・ミラノ
開催:毎年4月
https://www.salonemilano.it/

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Paragraph 04

メーカーの熱意と優秀なコーディネーター

そして話は、2015年に戻る。
富田さんの提案は、ヒジャブだったが、堀田さんはそれをアジアの市場に出るチャンスであると考え、ターゲットをマレーシアに絞った。これまでヨーロッパ中心に事業を展開してきた堀田さんは、アジアに興味があったというのももちろんだが、このプロジェクトに賛同したのは、富田さんのモチベーションの高さがあったから。

「自分主導ではなく、あくまでも職人さんやメーカーさんに思いがあること。相手がやりたがっている、ということが重要なんです。思いのない人を我々は手伝うことができません。絶対に何が何でも海外行きたいんだ、という強い気持ちがあって、『それにはどうすればいい?』っていうところまでくればアドバイスはできます」

まずデスクトップリサーチ。イスラム文化には明るくなかったが、調べてみると最近のムスリムの女性たちが使うヒジャブは色も柄もバリエーション豊富で、もしかしたら可能性があるかもしれない。経産省に助成金の申請をし、現地を視察することに決めた。
ちなみに、富田さんは類まれなるアイディアマンであり、次々と江戸小紋にまつわる新たな提案をしてくれるそうだが、概ねそれらは「職人の勘」時に激しく心を揺さぶられてアイデアを取り上げ、着地に向けて一歩ずつ固めていくのが堀田さんの仕事である。

堀田さん自身、ムスリム市場にもイスラム文化にも明るくないことは書いた。
でも大丈夫なのだ。だからこそ、現地の状況や文化をよく知るコーディネーターが必要なのだ。
ある種丸投げのようにも見えるかもしれないが、選ぶ条件さえきちんと持っていれば問題はない。むしろ難しいのは、その条件設定なのだ。
「今、何をするか」だけを考えればいいわけではない。プロジェクトの段階が進むと、予想外の仕事が発生してくることもある。先々まで見渡して、そうした役割をきちんと果たしてくれるかどうか。
堀田さんが出した条件は、大まかに言うと以下のようなものだった。

・視察できるヒジャブ専門店のリストアップ
・マレーシアの代表的な商業施設のリストアップ
・ハイエンドから大衆店まで、「ここを見ておけばおおよそマレーシアのファッションがわかる」という店の紹介
・自ら販路を持つデザイナーとのセッション
・コーディネーター自身がマレーシアのメディアに対してある程度のパワーを持っていること

果たして、コーディネーターは「知り合いの知り合い」レベルで見つけることができた。マレーシア人のご主人と日本で会社を経営している女性だった。繰り返すが、大切なのは条件設定。それを満たす優秀な人材がたまたま近くにいたというだけ。

Paragraph 05

最初の発想にこだわらない

富田さんが「ヒジャブ!」と叫んでから、ここまでで約3ヶ月あまり。堀田さんは、富田さんとコーディネーターさんとで、マレーシアに、3日間の視察に旅立った。

「それが、ヒジャブ屋さんってものすごくいっぱいあるんです(笑)」

日本人にとってヒジャブは馴染みのない神秘的な布地かもしれないが、マレーシアでは、堀田さん曰く「Tシャツ感覚!」。
その日の気分で着て、すぐ洗って、次の日はコーディネートに合わせて変えたりする。最多価格帯は1枚1,000〜2,000円程度。柄もデザインも、それこそTシャツレベルでものすごく豊富に揃っている。

小紋の和のテイストを売り物にしようと考えていたが、なんとヒジャブ専門店にはすでに、いわゆる和柄も出回っていた。「和」自体が一切珍しくないのである。

さらに問題はいくつかあった。
まず、ヒジャブというアイテムの生地がそもそも分厚いという点。

「富田さんの技術ですごいのは、薄い絹地の両面に違う柄を染めることができることです。でもヒジャブは顔を隠すためのものなので、透けるとダメなんですね。もちろん富田さんは分厚い生地にも染めることはできますが、そうなるともう『富田染工芸』の江戸小紋である必要はない。ベースになる厚いヒジャブの上から羽衣みたいに二重にかけるアイデアも出たのですが、何より『ヒジャブを作って売る』には、富田さんの生地は高級過ぎたんです」

そもそもターゲットは富裕層を想定していたが、富田さんの生地を使うには、超高級にするしかない。
生地作りの段階からマレーシアで行い、オーダーメイドで好きな柄を染めてヒジャブにするという、超高級志向のアイデアも出たが、一から現地に工房を開かねばならいし、販売するネットワークもないので、現実的ではないと判断したという。

「たぶんこれはもうヒジャブではないな」

ヒジャブを諦めきれない様子の富田さんをなだめすかしながら、堀田さんは次を見ていたという。

TEXT:武田篤典

ライフスタイル情報

マレーシアの市場・ライフスタイルの視察に最適、マレーシア・クアラルンプール最大のショッピングモール

メインストリートのブキビンタン通りの入口にある「パビリオン」、クアラルンプールで最大のショッピングモール「Pavilion(パビリオン)」。海外の有名ブランドからマレーシアのオリジナルブランドまで450店舗以上あり、地元住民だけでなく観光客にも人気のスポット。日本のグルメをテーマにした「東京ストリート」というコーナーもある。

Pavilion Kuala lumpur

住所:168Jalan Bukit Bintang, 55100 Kuala Lumpur.
http://www.pavilion-kl.com/

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プロデューサー

伝統工芸技術を活かした事業・商品開発〜販路開拓に特化したプロデューサー

2011年、株式会社Culture Generation Japanを設立。東京都美術館事業、Tokyo Crafts&Designを皮切りに、伝統工芸技術を活かした新たな商品を多く創出し、国内および海外での販路開拓に多くの実績を上げる。中小機構「Next Market In」事業 事務局を、TCI研究所 西堀代表と共に務める。

堀田卓哉

堀田卓哉

株式会社 Culture Generation Japan
http://culgene.jp

主な実績:江戸切子(堀口切子:東京都江戸川区)
江戸小紋(富田染工芸:東京都新宿区)プロデューサー
得意な分野:ファッション、ライフスタイル
得意なエリア:欧州、アジア

東京都台東区駒形2-7-7-201
TEL 090-1804-4126

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