2016.07.25
日本の伝統工芸をシンガポールデザインで。複数対複数で世界を広げていく【後編】
モノから場へ。さらなる可能性を求めて
コンソーシアムで臨んだ、シンガポールでのものづくりは成功を収め、次なるミッションは空間ごと提案できるような拠点作り。
その顛末と、プロジェクトの今を聞く。
2016.07.25
モノから場へ。さらなる可能性を求めて
コンソーシアムで臨んだ、シンガポールでのものづくりは成功を収め、次なるミッションは空間ごと提案できるような拠点作り。
その顛末と、プロジェクトの今を聞く。
KCmitF代表
様々な業種でのMDを経て、オンラインセレクトショップSTYLE STOREのMDとして日本各地のものづくり企業の高付加価値商品の販売に尽力。現在は日本のものづくりの海外進出を、現地クリエーターと繋げるコラボレーションでサポート。
Paragraph 01
2014〜2015年の「Japan Made × Singapore Design」は、成功を収めた。コンソーシアムを組んで、日本の伝統工芸をシンガポールとのさまざまなものづくりに結びつけ、複合的にその魅力をアピールすることができた、と大谷さんも自負する。このプロジェクトはさらに継続し、2015年については、新たなテーマが掲げられたのだ。
「これまでどおりシンガポールのマーケットに向けて新商品を開発していくことは続けつつ、日本のものづくりを紹介するための常設的な拠点をシンガポールに作る、ということを新たなミッションとして設定しました。日本から情報発信するだけでなく、現地の仲間たちと力を合わせてローカルのカルチャーに踏み込んだメッセージングを行い、日本とシンガポールの文化の相互理解を図って、さらにファンを増やそうと考えたんです」
ここで、大谷さんに(今さらながらではありますが)、シンガポールというマーケットの特徴をサラリとレクチャー願います。
「世界共通なポイントとしては、日本文化が好き。少数だけれどマニアックな人もいます。伝統工芸品やメイド・イン・ジャパンのものは、嗜好品としては少々高価でも売れるます。ただ、一定量売れるとおしまい。母数は小さいと見ています。マニア以外の多数派も、日本に対する信頼感は高い。シンガポールの経済発展は日本を見習っているところもあるので、親日性も高いんですね。アイテムでいうと、実は食器は日用品としてはほとんど売れません。というのも、基本外食だから。家でごはん食べないんですよ(笑)。なのでセオリーから行くと市場には入っていけかないのですが、うちで扱っている有田焼はギフトとして売れています。対象となるコアゾーンは30〜40代で可処分所得多めの層。生活様式は日本と近いんですよ。国が狭くて家も小さめ。集合住宅の3LDKに家族で暮らしているイメージ」
……というところをベースに、かつ、日本の素材を一層多く見せる方法として、常設拠点には「空間としての提案」を盛り込むことにした。
「実は、最初の『Japan Made × Singapore Design』の時に、展示会でさまざまな素材をいっぺんに見せた際に飲食店や宿泊施設などの方々からのお問い合わせが多かったんです。初年度はできるだけ種類を作って、ある程度数量をさばきたいと考えたので一般の人たちを対象にしましたが、その後、レストランやホテルなどBtoBで動かしていく可能性が見えてきたので、そうなると建てつけも全然変わってきて、それによって生きてくるメーカーさんも出てくるであろう、と考えたんです」
それは結果的に、2016年初頭『スーパーママ』のフラッグシップストアとしてオープンすることになる。MORE THAN Projectでコンソーシアムを組んでいる6社の商品だけでなく、さまざまなメイド・イン・ジャパンの商品を展示販売。またコンソーシアムに入っているか否かにはこだわらず、壁材や照明、什器などにも、メイド・イン・ジャパンを使用。シンガポール好みのセンスで組み込み、いかに空間にメイド・イン・ジャパンを生かすかの提案も試みている。
Paragraph 02
「ちなみに、2015年のMORE THANプロジェクトのほうは、当初この場所とは違う物件で計画していて、ロケーションもギリギリまで固まらず、いまひとつ目論見通りにはいかなかったんです。がっつりとレストランやホテルなどのコンセプトがある空間的なレイアウト提案には至らなかったと反省しています。それをやりながら軌道修正して、新しい『スーパーママ』のコンセプトショップをオープンしました。日本のものを使いながら100%和の空間ではなく、ブレンドミックスというかたちで日本のものをきちんと見せていくというスタイルの場所になっています。また、Jotham photographyの『匠』と題した日本の職人たちや、素材が生まれる風土を撮影した写真のシリーズもインテリアに組み込みんで、モノだけでなく、その背景にある作り手や、ストーリーを伝えられるように配慮しました」
また、県産品の展示など行政絡みのテストマーケティングを行うこともある。いわば「ハコ貸し」のようなものだが、従来のネットワークになかった企業と知り合ったり、「作って売る」より前の段階のメーカーと話ができて、シンガポールとのコラボに発展することだってあるので、拠点があるというのは、なるほど素晴らしいことなのだ。
空間の提案は引き続き行っていくそうだが、この年、それがまだまだ狙い通りにうまくいかなかった理由については大谷さん、仮説があるという。
「空間での提案っていうのと、建築設計の分野ですよね。フィールドのサイズ感も、まず家具ぐらいのスケールから小さいものへと落とし込んでいくわけで、我々にとっては、実際これまでとはまったく違うアプローチだったんです。やはり、小物からスタートして空間に展開していくのは難易度が高いですね」
それを踏まえて、空間作りに関しては大谷さんの側から提示し、『スーパーママ フラッグシップストア』でそれをトレース。東京でも空間作りのモデルを見せることで、「小物をコツコツ売っていく次のフェーズになるんじゃないかと考えています」。
実際、新たな拠点を開いて以降、相談ベースの案件は少しずつ舞い込むようになったのだそう。
「まだオープンして数ヶ月ですので、それが新しい店のロケーションのせいなのか、内装も含めてコンセプトを打ち出したことによるのか、今はなんとも言い難いんですけど(笑)。ただ一段階前のギャラリーショップ、ギフトショップというスタイルでは、そうしたコントラクトベースの案件なんて誰も想起できないですよね」
*1
日本の匠たちを撮影したシンガポール在住のフォトグラファー
シンガポール在住のフォトグラファー。日本伝統工芸の匠たちの仕事風景をモノクロで撮影したシリーズ「匠」を手掛けた。
Jotham photography
http://www.jothamphotography.com
Paragraph 03
もう一つの理由としては、エドウィンさんの存在も大きい。『スーパーママ フラッグシップストア』のオープニングレセプションには200人以上が詰めかけたというし、シンガポール政府観光局が主催するメディアツアーにも組み込まれ、世界のジャーナリストたちが数多く訪れた。実はエドウィンさん、シンガポールでは非常に名の知れたクリエイティブディレクターなのである。デザイン業界のなかだけでなく、世間的にもちょっとした有名人。
「だから新しい動きを見せると、“あ、エドウィン今度はそんなことやるんだ!”って結構注目を浴びるんですよ。時々テレビにも出てるし、最近は日本のメディアからもたくさん取材されていて、結構困惑気味の様子です(笑)。このプロジェクトを始めてから3年で実績も少しずつできて、行政とのパイプも随分太くなったようですね」
かえすがえすもそんな人と偶然出会うとは、大谷さん、なんと強運なことか。
Paragraph 04
そんな二人のこのプロジェクト、今後はいかなる展開を目論んでいるのだろうか。まず、MORE THAN プロジェクトに関わるメーカーを含め、『スーパーママ』をベースに毎年3月と9月に新製品を展開していくそう。3月はシンガポールデザインウイークも開催される展示会シーズン。そして9月は、クリスマス商戦を見越した新製品ローンチのピーク。
「事業者ごとの成功の度合いにもよります、原則としてこのリズムがマストですね。ただ、『スーパーママ』でコンスタントに売れる定番商品ができれば話は別です。例えば『マルジュー』さんで『ikue』という赤ちゃん向けのファブリックブランドを作っているのですが、これは『スーパーママ』との共同開発商品になり、定番商品を作りながらコンスタントに新商品も入れていくという。それをシンガポールだけでなく日本、あるいはその他の国々で売っていくことがコミットメントになっています」
マルジューがニューヨークの展示会に出展した際には、メーカーの担当者に大谷さんと『スーパーママ』のスタッフが営業サポートとして同行する、という体制をとったという。また、有田焼のキハラについては、マルジュー同様、コンスタントに『スーパーママ』用の商品を作っていくだけでなく、世界各国から届く特注の依頼を『スーパーママ』がそれを仲介して作るというかたちに成っている。
現状は
①『スーパーママ』が自社だけで売る商品。
②『スーパーママ』のリソースを使って様々なマーケットに卸す商品。
③『スーパーママ』が営業窓口になって注文を受ける商品。
と、枝別れしながら展開している。
シンガポール専門に展開してきたプロジェクトが、シンガポールを足がかりに世界に広がっていこうとしている。
「シンガポールを続けていきながら、その状況を世界に知らしめてどのくらいの波及効果があるのか。ことによっては『スーパーママ』の東京拠点を作ってもいいですね。
実はオーストラリアに、組んで3年に成るディストリビューターがいるんです。『スキミングストーンズ』のトニーという男なんですが、彼はまさしく『スーパーママ』を見て連絡してきたんです。キハラさんの有田焼を見て“こんなのどうやって注文したんだ!”って(笑)。オーストラリアラグビーのゴールをモチーフにしたり、Wi-Fiってオーストラリアで開発されたらしいんですが、あの柄を入れてみたり……ちょっと日本人にはわかりにくいものを作っては、オーストラリア主要都市の100箇所ぐらいに卸しています。
それと今、いろいろ見たなかでニューヨークにポテンシャルがある気がしています」
「スキミングストーンズ」のトニー
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環境にも身体にもやさしい日本製のファブリックにこだわる繊維加工専門の老舗メーカー
大正11年創業、日本素材・日本製・日本生産にこだわる繊維加工専門の老舗メーカー「マルジュー」。抗菌加工、防ダニ加工といった独自の技術を持ち、天然繊維であるコットン・リネンなどを使ったシンプルでこだわりの寝具類を中心に展開するほか、最新のインクジェットプリント技術を用いたプリントファブリックなど、繊維・染色の新たな可能性を追求。シンガポールのSupermamaと立上げたベビー/キッズのファブリックアイテムのレーベルが「ikue」も展開する。
株式会社マルジュー
日本・愛知
住所:愛知県名古屋市北区楠味鋺5-209
TEL 052-901-1966
FAX 052-901-7676
http://www.maruju.net/
*2
インテリア業界の「パリコレ」、メゾン・エ・オブジェのアジア版
インテリア業界の「パリコレ」、世界最高峰のインテリア・デザインの総合見本市「メゾン・エ・オブジェ」のアジア版として2014年からスタート。毎年3月にマリーナベイ・サンズ エキスポ&コンベンションセンターで開催される。
MAISON&OBJET ASIA
シンガポール
開催:毎年3月
http://www.maison-objet.com/en/asia
*3
クリエイターとのコラボ商品の開発も手がけるメルボルンのディストリビューター
デザイン性の高いライフスタイル雑貨やアクセサリーを取り扱うメルボルンのディストリビューター「SKIMMING STONES(スキミングストーンズ)」。デザイナーやイラストレーターとのコラボレーションによる商品開発も行い、ECも運営する。
SKIMMING STONES
http://www.skimmingstones.com.au/
Paragraph 05
エドウィンさんやトニーさんみたいな、現地の新たなパートナーを見つけることができるのかはまだ不明だが、オーストラリアの例のように、似たような環境で注文してくるディストリビューターやリテーラーは世界中に少なからずあるそう。
「今度はそれらをコンソーシアムみたいにして、同じメーカーがそれぞれの国のために作った商品を集めてポップアップみたいに置き、メーカーはもちろん、それぞれのショップのプロモーションになってる……みたいなことはできないかなと考えています。で、それらを一堂に集めて東京で展示すれば、他の国のプロモーションにもなるよなあって。関わっているすべてをうまく使ってさらに広めていけないか、という考え方で準備をしています」
日本のメーカーでコンソーシアムを組んで海外に進出し始めて、丸4年。先述のようにうまく回って、新たな展開を見せるところもあれば、やむなく休止するところもあるという。
「だからこその複数対複数なんですよ。単一素材でやるほうが意思決定も制作過程もはるかにシンプルです。ただロングスパンで考えると、単一素材だと、それが沈んでしまうと、例えば提携先に“調子悪いので、次はメイド・イン・タイランドでやります”とかって言われてしまう可能性もある。そうなった時に、ジャパンに戻しづらいんですよね。複数だと、ある素材が沈んだ時にも別の素材でカバーできます。その店のその棚は、素材こそ違えどいつも日本のものがあるというふうに、維持し続けることができる。小売をやっていると、時期によっても環境によっても浮き沈みは絶対に避けられないです。そこで、売り場をどんどん変えることで生き長らえさせ、成長させていかないといけない」
ハブとなって複数のメーカーを動かし、先方からの意見を調整してメーカーとの折衝を行う。
「正直しんどいことが多いです」と、ため息まじりに苦笑するが、それこそが大谷さんの価値なのかもしれない。だって、他にこんなやり方しているプロデューサーはいないから。
「あ、いや、僕、プロデューサーじゃないんですよ(笑)。あくまでも“コーディネーター”。というのも、海外向けに僕が自分で作りたいものって、一切ない、という姿勢をとっていますので。自分の素材を世に出したい、それを使って何かを作りたいっていう人たちをつなぎとめる役割に徹し、そこでの最適化を図る。それが僕の仕事です」
TEXT:武田篤典