2016.07.25
ビジネスデザインが突破口! 町工場の金網をテキスタイルに【前編】
大切なのはデザインをする前の課題設定、B to CからB to Bへ
町工場ながら「変幻自在」の高い加工技術を持つ老舗金網メーカーと、元報道カメラマンという異色の経歴を持つプロデューサーによる海外販路開拓奮闘記。突破口としたのはビジネスデザインであった……。
2016.07.25
大切なのはデザインをする前の課題設定、B to CからB to Bへ
町工場ながら「変幻自在」の高い加工技術を持つ老舗金網メーカーと、元報道カメラマンという異色の経歴を持つプロデューサーによる海外販路開拓奮闘記。突破口としたのはビジネスデザインであった……。
「食」を軸に、事業計画から商品開発までトータルなビジネスデザインを手掛けるプロデューサー。企業や地域のニーズを具現化する新規事業の企画・プロデュースを得意とする。現在神楽坂にて「八百屋瑞花」を経営。生産者と料理人、消費者をつなぐ活動を広げている。
Paragraph 01
まるでテキスタイルのように繊細で柔らかな新素材、「KANAORI(カナオリ)」。これまでの金網の概念を覆す“魔法の金網”のアイデアを生み出したのは、元報道カメラマンという異色のプロデューサーである。
物語の主人公である松田龍太郎さんは、かつてNHKの報道カメラマンとして日本全国を飛び回り、現在は株式会社オアゾの代表として食を中心としたプロデュース業を営んでいる。なぜ報道カメラマンだった松田さんが、町工場の金網を海外へ売り出すことになったのか? そのいきさつから話を進めよう。
「大学時代に建築や街づくりを勉強していて、墨田区京島地区を活性化するプロジェクトでステーショナリーブランドを立ち上げたことがあったんです。このときに人と人とをつなげて何かを生み出す面白さに目覚めました」
これがプロデュース業の原体験。とはいえ、大学卒業後すぐにそっち系の会社に務めず、「先に世の中を知る必要がある」と思い、報道カメラマンならいろんな人に出会えるだろうと考え、NHKに入局した。
報道カメラマン時代は、昼夜を問わずカメラをかついで全国を飛び回る。やりがいのある仕事だった。だが、30歳にしてNHKを辞めてしまうのだ。なんでも、地方にロケに行くうちにローカルの食の豊かさに触れ、人と人とを“食”でつなぐことに興味が増してきたという。
そして、起業や独立などを応援する専門スクール「世田谷ものづくり学校」内の「スクーリング・パッド(現:自由大学)」に通いはじめ、後にお世話になる小山薫堂氏にも出会い、多大な影響を受ける。
「自分がやるべきことは、報道の視点をもって世の中を切り取り、問題を解決していくプロデュース業だと確信したんです」
「世のなかを知るため」に飛び込んだ報道カメラマン時代は20代で終わり、30代で人と人とをつなげるプロデュース業という天職についた。その後、小山薫堂氏の会社に入社し、企画やプロモーションについて学び、さらに別会社で飲食に特化した経験を積んだ後に、32歳で食を中心としたプロデュースを行う株式会社オアゾを立ち上げる。
*1
時代が求めるさまざまなテーマで、自ら考え、自ら行動する姿勢を育む学びの場
「IDEE」創始者の黒崎輝男氏が創設した自由に生きる人の学びの場「自由大学」。IT、出版、旅、ライフスタイル、日本文化、これからの働きかたなど、時代が求めるさまざまなテーマで講義を開催。160種類の講義を開講、のべ8000人を超える人が参加している。日本の伝統工芸や起業に関する講義もある。
自由大学
住所: 東京都港区南青山3-13 COMMUE 246内
https://freedom-univ.com/
Paragraph 02
では、松田さんが生業とする食を中心としたプロデュース業とはどんな仕事なのか。
「平たく言えば、生産者である農家と調理をする人をつなげること。いいトマトをつくっている人はたくさんいて、みなさん『俺のトマトはおいしい』と言います。かたや調理をする人は、『ナポリタンに合うトマトってない?』などと、料理に合った材料を探しています。この農家と調理する人をマッチングして、新しいサービスを生み出すのが僕の仕事です」
そんなノウハウをもって松田さんが挑んだのが、下の課題である。
曲げ、折り、プレス、自由自在に成形可能な “金網加工技術”
実はこちら、「東京ビジネスデザインアワード」に老舗金網メーカーの石川金網が、プロデューサー側に出したお題。同アワードは、都内の中小企業とデザイナーとのマッチングを目的とした東京都が主宰するコンペティションだ。
石川金網は1922年に東京都荒川区に創業し、金網を自在に加工する高い技術によって、自動車用換気部品やフェンス、エアコンフィルター、マイクのヘッドなど、幅広い商品を展開してきた老舗メーカーである。
松田さんはこの課題を見て、直感的に思うところがあったという。
「石川金網さんは『うちは何でもできる!』とおっしゃいました。よその工場さんもだいたい同じようなことを言いますよね。でも何でもできるってことは、逆にいえば、何もできない。何をつくったらいいかわからない状態に陥っているのではと思ったんです」
もしかして日本の物づくり全体が抱えている問題かもしれない……? そう思うと、「単に金網を使った新商品をつくればいいという話じゃない。ビジネスデザインの話だ」と、の想いに至った。このあたりの問題定義は報道カメラマン時代に、ひとつのテーマを考察しながら取材をした経験が基になっている。
松田さんは、金網をプロデュースするためのチームを招集。プロダクトデザイナーの中西香菜さん、アートディレクターの土屋勇太さんの3人で同アワードに応募した。
*1
金網を自在に加工する精緻な技を持つ、金網、パンチングメタルの専門メーカー
1922年の創業、鉄だけでなく、アルミやステンレス、合成樹脂の網も製造、金網を自在に加工する精緻な技で日本の暮らしを支えてきた。扱う製品は自動車用換気部品から、フェンス、エアコンフィルター、マイクのヘッド、調理用フライヤー、ザル、茶こしまでと幅広い。布のように柔らかい金網を開発し、海外への展開も行なう。
石川金網株式会社
日本・東京
住所: 東京都荒川区荒川5-2-6
TEL 03-3807-9761
FAX 03-3807-9764
http://ishikawa-kanaami.com/
*2
東京都内のものづくり中小企業とデザイナーとの協働を目的とした企業参加型のデザイン・事業提案コンペ
東京都内のものづくり中小企業と優れた課題解決力・提案力を併せ持つデザイナーとが協働することを目的とした、企業参加型のデザイン・事業提案コンペティション「東京ビジネスデザインアワード」。ものづくり中小企業が持つ高い技術や特殊な素材をコンペの「テーマ」として募集、審査を経て選定、「テーマ」に対して、新たな用途の開発等を軸とした事業全体のデザインを「提案」 としてデザイナーから募集し、優れた事業提案の実現化を目指す。※選定され中小企業の11テーマ(技術・素材)へのデザイン・事業提案は、2016年11月4日(金)まで応募受付中
https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/
東京ビジネスデザインアワード
実施:毎年
問い合わせ:
東京ビジネスデザインアワード事務局(公益財団法人日本デザイン振興会内)
住所:東京都港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー5F
TEL 03-6743-3777
FAX 03-6743-3775
EMAIL tokyo-design@jidp.or.jp
https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html
*3
商品企画の経験、フィンランドで学んだ経歴を持つ女性プロダクトデザイナー
ドイツ、デュッセルドルフ生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒業後、コクヨ株式会社で文具や家具の商品企画開発と、幼児教育関係の新規事業開発などを行う。その後、フィンランドのアートとデザインのアールト大学(元ヘルシンキ芸術デザイン大学)へ留学し、2010年修士課程修了。
中西香菜
http://www.kananakanishi.com/
Paragraph 03
松田さんのプロジェクトチームは、石川金網の工場を見学し、生産体制や金網業界についてのヒアリングをはじめた。問題は「なんでもできる金網技術を使って何をつくるか?」で、重要なのは「デザインをする前の課題設定」だと、考えていた。
金網のつくり方についてレクチャーする石川金網の石川社長
「最初は金網で水まわりに使うトレイなどをつくれると、B to Cの商品を考えていたんです」
でもそれは金網の製造方法や発注の体制を知ると難しいという考えに至る。金網はフェンスなどの建築用途が多く、メートルやキロといった長い単位で仕入れるB to Bの商売が中心だった。そこでいきなりこれまでの自社事業に縁遠いB to Cの商品をひとつ1,000円で提案したとしても、「じゃあいくらで売ればいい? メートルで何個つくれる?」といった話になり、事業者としては想像がしにくいし、メリットを感じない。
そのため、「これまで石川金網がやってきた既存事業の延長線上に新規事業を持ってくること」が最重要と考えた。やるべきはB to CではなくB to Bのブランディング。これが松田さんの言う、「デザインをする前の課題設定」であった。
「となると、デザインすべきは金網を使った商品ではなく、その一歩前のデザインだと気づいたんです」
Paragraph 04
一歩手前のデザインとは、金網を使った新素材の提案である。
「我々がやるべきことは金網を使った椅子やトレイをつくることじゃなく、椅子やトレイにも使える汎用性の高い新たな素材を金網からつくること。折り紙のように金網を加工する高い技術を使って、テキスタイルや織物のような柔らかな金網をつくることができれば、さまざまな横展開ができると考えた」
例えば、家具職人やプロダクトデザイナー、建築家など、物づくりをするクリエイターに対してアイデアを投げかけられる新素材を開発する。これが松田さんが出した結論だった。そして、ステンレスやチタンなど異素材の金属の糸を織り込み、テキスタイルのような繊細な金網、「KANAORI(カナオリ)」というコンセプトが決まった。
「KANAORI」の提案により松田さんらのチームは「東京ビジネスデザインアワード」優秀賞を受賞。そして本格的に開発に入っていく。
Paragraph 05
「KANAORI」のコンセプトが決まり、松田さんのプロジェクトチームが本格始動した。
プロダクトデザイナーの中西香菜さんは、金網の織り方や織り目のデザインなどを担当。織り機のピッチを上げて網の目を詰めて布のようにしたり、糸の太さなどをコンマ単位で調整したりした。大阪にある工場に通い、職人と技術的な話を詰めながら、金網の堅さや見た目の柔らかさなどを決めていった。
織物のように縦と横の糸で金属を編む
アートディレクターの土屋勇太さんは、ロゴの作成やサイトのビジュアルなど全体のディレクションやブランディングを行った。
松田さんは、プロデューサーという立場に徹した。役割は「全体を俯瞰すること」と「ジャッジメント」をすることだ。
「クリエイターという人種は自己表現に価値を求めるものです。そこを尊重しつつも、石川金網さんの求めるものやマーケットの需要を見極めて、うまく橋渡しをして着地させることが私の仕事です」
加えて、松田さんが前に出過ぎると、どうしても松田さんの指示を仰ぐかたちになる。それではデザイナーではなくオペレーターになってしまう。だからこそ、クリエイティブやプロダクトデザインに関しては、ほかのメンバーに任せて、彼らが事業主に提案する枠組みをつくりあげたという。
あくまで事業主とクリエイターのつなぎ役。松田さんは、マッチングする人なのだ。
そして、「KANAORI」は海外への販路を目指し、2014年度の「MORE THAN プロジェクト」に採択される。今度は町工場の金網技術で海外進出を目指すのだ。
Paragraph 06
いざ海外へ。さて、「KANAORI」を披露するにはどの国がいいだろう?
「新素材の提案なので、狙う市場や展示会も、今までの金網や工業製品ではできなかったところにしたかった」と、松田さん。パリやNYなどではなく、デザインへの造詣が深い北欧に焦点を絞ることに。北欧なら家具文化やライフスタイルが成熟しており、新しい素材を探しているクリエイターや企業も多いだろうという仮説をたてた。デザイナーの中西香菜さんが過去にフィンランドに留学していたことも後押しとなった。
最終的に、2015年2月にスウェーデンで開催される「ストックホルム国際家具見本市」にターゲットが絞られた。そのためには、「KANAORI」を使った試作品の商品を展示する必要がある。そこで、制作アドバイザーとしてテキスタイル作家の岡本昌子氏を招いて、急ピッチで試作品の作成が進められた。
ランプシェード、屏風、畳、皿、トートバッグ―—。
かくして、「KANAORI」を使った試作品が完成する。
果たして、スウェーデンで「KANAORI」は受け入れられるのか?
同時に松田さんは、次なる一手を考えていた——。
TEXT:藤井たかの
*1
若手デザイナーの登竜門的エリアもあるヨーロッパ最大級の家具見本市
スウェーデンのストックホルムで毎年2月に開催されるヨーロッパ最大級の家具見本市「Stockholm Furniture Fair(ストックホルム国際家具見本市)」。スウェーデンを筆頭に世界30カ国以上から700社以上の出展、40,000人以上が訪れる。若手デザイナーが自身のデザインを世界に向けて発信する場、「グリーン・ハウス」というエリアが設けられるのも特徴。
Stockholm Furniture Fair
スウェーデン・ストックホルム
開催:毎年2月
http://www.maison-objet.com/en/paris
*2
日本クラフトデザイン協会理事長も務めるテキスタイル作家
テキスタイル作家、日本クラフトデザイン協会理事長。1953年3月福岡市生まれ。1975年金沢美術工芸大學工芸科卒業。神田小川町のテキスタイルショップ-TEORIYA-設立メンバー。羊毛の手紡ぎ手織りを主としつつテキスタイル全般に関わる。多摩美術大学特別講師などでワークショップ「糸を創る」を始め、各地でワークショップ・個展等を開く。2005年〜2008年日本クラフトデザイン協会理事、2009年〜2012年同協会副理事長を務める。
岡本昌子
テキスタイル作家