2017.03.21
「日本にないモノ」は「世界にもないモノ」……旧式織機で織り上げる画期的なストール【前編】
「発明」と「デザイン」が織り成す比類なきモノづくり
全国から集めた旧式織機を復元・カスタマイズし、織りの新たな可能性を追求する工房織座。
デザイナーとの協業によって、「工芸」という枠組みを脱却。国内外のデザイン賞を多数受賞し、満を持して海外進出へと舵を切る。
2017.03.21
「発明」と「デザイン」が織り成す比類なきモノづくり
全国から集めた旧式織機を復元・カスタマイズし、織りの新たな可能性を追求する工房織座。
デザイナーとの協業によって、「工芸」という枠組みを脱却。国内外のデザイン賞を多数受賞し、満を持して海外進出へと舵を切る。
クリエイティブユニットSPREAD代表。国内外での個展・デザインプロジェクト活動多数。これまでにイタリア/ミラノ、スイス/バーゼル、ベルンなどで個展を開催。イタリア・ミラノ大学&サンマリノ大学では時間を表現するLife Stripeを通しワークショップ&
セッションも開催。
Paragraph 01
今治の中心市街地から30分ほどの集落に、ストールブランド「ITO」を制作する工房織座がある。周囲には田んぼが広がり、蒼社川が流れる。古くから綿織物、タオルの産地として知られるこの町に、工房織座が設立されたのは2005年のこと。とあるタオルメーカーの工場長として勤務していた武田正利さんが、自らの制作活動に専念するため、工房を立ち上げたのだ。全国から100年くらい前の旧式織機を集め、使える部品を組み合わせて復元。そこからさらに木や鉄などで新たなパーツを作り、新たな構造を加えてカスタマイズして、オリジナルな機械に仕立てあげた。
一般的な織物工場で使われているのは、高速化・効率化されたコンピュータ制御の革新織機。風圧やレピアでよこ糸を飛ばし、高速で布を織っていくので、糸は細く、均一で、圧力に耐えられるような撚り(より)の強いものが望ましい。そのため、商品に使える素材は限られ、「自由なモノづくり」とはほど遠い。けれども、正利さんが復元、カスタマイズした織機なら、撚りの甘い糸を使うことができる。改造を施した旧式織機ならではのスローで複雑な動きが思わぬ幾何学模様を描き、いまだかつてない造形とやわらかなニュアンスを生み出す。
一般的な織物工場で使われているのは、高速化・効率化されたコンピュータ制御の革新織機。風圧やレピアでよこ糸を飛ばし、高速で布を織っていくので、糸は細く、均一で、圧力に耐えられるような撚り(より)の強いものが望ましい。そのため、商品に使える素材は限られ、「自由なモノづくり」とはほど遠い。けれども、正利さんが復元、カスタマイズした織機なら、撚りの甘い糸を使うことができる。改造を施した旧式織機ならではのスローで複雑な動きが思わぬ幾何学模様を描き、いまだかつてない造形とやわらかなニュアンスを生み出す。
「まるで『発明家』ですね、あの開発力は」と話すのは、アートディレクター、デザイナーで、山田春奈さんとクリエイティブユニット「SPREAD」として活動する小林弘和さん。新潟の「燕三条 工場の祭典」のアートディレクションや、相対性理論、flumpoolらアーティストのCDデザインなど、グラフィックの領域を主としてさまざまなデザインを手がける。
「正利さんが作った機械を見せてもらったことがあるんですが、もとになる古い織機は着尺(反物の幅およそ36cm)のものがほとんど。1台だけ80cm幅を織る織機がありますが、もとは200cm幅の織機で、『ちょっと大きすぎるから』と半分に割って、あいだをとって縮めてあって。それって、そうとうクレイジーなことをやってのけてると思うんですよね」。
SPREADがITOに携わるきっかけとなったのは、正利さんの娘でITOプロデューサー、武田英里子さんからのオファーだった。
*1
タオルメーカーで長年働きながら、歴史的な織機の復元製作と研究を続けてきた武田正利氏が、2005年に立ち上げた織物メーカー。旧式織機をカスタマイズした特殊な織り機で、独創的な織物を創り続けている。
■受賞歴
2008年、21世紀えひめの伝統工芸大賞 準大賞 「コットンキャップ」
2009年、ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞 『昭和初期のレトロ織機を操り世界初の「たてよこよろけもじり織り」や独創的商品の開発』
2010年、グッドデザイン賞 「ITO WAVE・FLASH・CONTRAST」、アジアデザイン賞 「ITO」
2013年、グッドデザイン賞 「ITO FLARE」
工房織座
日本・愛媛
住所:愛媛県今治市玉川町鬼原甲55
TEL 03-3797-4788
FAX 03-3797-4688
http://www.oriza.jp/
*2
金属加工の産地、新潟県燕三条地域とその周辺地域で開催されるイベント。名だたる工場が、一斉に工場を開放し、工場でのものづくり体感を提供する。2013年にスタートし、年々注目度が高まり、規模・内容も発展している。
燕三条 工場の祭典
日本・新潟
会場:新潟県三条市・燕市全域、及び周辺地域
開催:毎年
http://kouba-fes.jp/
Paragraph 02
かねてより商品開発の可能性を広げるべく、協業できるデザイナーを探していた英里子さん。
たびたび東京に足を運び、さまざまなアーティストやデザイナーの作品を見るなか、「ピンと来た」のが“SPREAD”だった。
共通の知人を介して、英里子さん、そして小林さんと山田さんは出会うこととなった。
「もちろん僕らはその時点でテキスタイルデザインの経験はありませんでしたが、時計をデザインしたことはあり、『グラフィックに留まらないなにか』を感じてもらったようです。『僕らとなら、なにかおもしろいものができる』と決断してもらいました」
英里子さんと何回かやりとりを重ねるなかで、浮かびあがってきたのが「キーマン」となる正利さんの存在だった。すでにその当時、世界初となる「たてよこよろけもじり織り」と「傾斜もじり織り」の開発と商品化に成功。「21世紀えひめの伝統工芸大賞 準大賞」や「第3回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞」を受賞していた。
「聞けば聞くほど、『これはタダモノじゃないぞ』と。とにかく会わないことには、工房織座の核心はつかめないと思いました」
2009年、小林さんと山田さんは愛媛県今治市へ飛ぶ。正利さんとの最初のミーティング場所として設定したのは、瀬戸内海に浮かぶ船の上。隙を見つけては海へ行き、釣りをするという正利さんの人となりを知るため、小林さんなりに考えた計らいだった。港に着いた小林さんを待っていたのは、船上の正利さん。手を携えて船に乗り込み、沖合に進む。ボォーと海風の吹くなか、言葉は少ないものの、時おり正利さんがその場所をガイドする。
「波間に揺られながら、『ここが渦やけん』『ここは造船所』と見ていくんです。それから山、川……と正利さんの視点と言葉で説明してくれて、それでわかったんです。何を大事にしているのか」
正利さんが工房織座を立ち上げた理由には「海」の存在が大きかった。タオルを大量生産していく過程では、いささかの化学物質を使うことになるのはやむをえない。けれども自らの仕事によって、愛する海に負荷をかけていくのは、見過ごすことのできないことだった。また、効率優先のモノづくりではなく、「今まで世の中にないもの」を生み出す、オリジナルなモノづくりをやりたかったのだ。
Paragraph 03
SPREADのふたりが今治に足を運んだことで、ITOの方向性が決まった。それは、デザインのモチーフに今治の歴史や自然、風土を抽出していくことだった。たとえば、「たてよこよろけもじり織り」で作られている「WAVE」。もともと「たてよこよろけもじり織り」は「絹孔雀」と名付けられ、色合いもそれを模したような玉虫色だった。
「それはちょっと『工芸色が強すぎる』と思ったんです。けれども糸の色を変えてみると、今治で見た波と重なって見えて……正利さんの原点が海だっていうのもよくわかっていたし、最初に開発するものだったので、『WAVE』と名付けました」。
色の種類は黒、藍、水色、オレンジ、紫の5色。夜が明け、日中から夕暮れと、時間の変化で海の色が変わる様子をイメージし、「SUNRISE」「DAYLIGHT」「EVENING」などとした。
「僕らはデザインのストーリーを立てるうえで、もともとその人にあるものから導き出さなければならないと思っています。『お仕着せのデザイン』では意味がないですから。はじめのうちは、正利さんもWAVEなんて横文字だとなかなか言えなかったけど、2、3カ月後に今治を訪れた時には、『ウェーブ』と普通に言ってくれた。そこでちゃんと彼ら自身のものになっていると確信できたんです」
雄大な海の波模様を世界初「たてよこよろけもじり織り」の開発により実現した「WAVE」
今治の風景をストールに織り込むモノづくりは続く。「WAVE」「FLASH」を経て開発された「CONTRAST」は、表裏で反対の色がグラデーションとなって表れる「昼夜織り」という技法を用いたもの。2色の糸が重なり合い、トリコロール(3色)カラーになる。配色のモチーフのひとつとなったのは、造船所で見た船だった。
「黒とオレンジ、そして水位を示す目盛が付いていて……あくまで機能性を優先させたもので、美的な観点から定められた色ではない。けれどもその機能性がもたらす美しさに惹かれたんです。不思議なことに、今治でいちばん人気なのがその『造船カラー』なんですよ」
また、スイスへ行く際によくITOのストールを身につけていた小林さんは、出会った人にたびたび声をかけられたのだという。
「これは日本のストール?」「あなたがデザインしたの?」「スイスでは買えないのか?」……「興味を持ってくださる方がこれほど多いのなら、『彼らに届けよう』と思うのは自然の流れ。そこでスイスを起点に海外進出を目指すことにしたんです」。
英里子さんの決意もようやく固まった。2015年6月、「MORE THANプロジェクト」への選出が決まった。
Paragraph 04
2010年4月に発売されたITOのストールだったが、瞬く間に大きな反響を得る。「2010年度グッドデザイン賞」を受賞し、「TOKYO DESIGNERS WEEK 2010」(現TOKYO DESIGN WEEK)への出展も果たしたのだ。当初、「WAVE」「FLASH」「CONTRAST」の3型で一区切り、と考えていた英里子さんと小林さんたちだったが、「今度の秋冬はどういう織物が出るんですか?」という周囲からの期待の声に、軌道修正を余儀なくされる。
「明確なビジョンがあったわけではなく、ひとまず『この3型を発表しよう』と考えていたのが正直なところでした。けれどもファッションの流れからすれば、『次のシーズンは?』となるのも納得がいく。それから引き続き、森をモチーフにした『FOREST』、震災後に広がる光をモチーフにした「FLARE」、本をモチーフにした「BOOK」とひとつひとつのストーリーとデザインを考えていきました」
その後もITOの快進撃はとどまるところを知らない。2010年「アジアデザイン賞 銅賞」(中国)「レッドドット・デザイン賞」(ドイツ)「ペントアワード」(ベルギー)を受賞し、2012年には経済産業省が主催する「Future Tradition WAO」に選出。2013年には新柄「FLARE」が再び「グッドデザイン賞」を受賞し、2015年には「The Wonder 500」に選ばれるなど、ITOは着実に世界への足がかりをつかんでいった。そこには2009年に自らの作品が「ペントアワード」を受賞し、2012年以降、ライフワークであるインスタレーション「Life Stripe」のエキシビジョンをイタリアやスイスなどで行ってきたSPREADの知見によるものも大きかった。
「当初から『海外に広げたい』という思いはお互いにありました。なぜなら、『日本にない』ということは、『世界にないもの』ということだから。いくつかの海外アワードにエントリーして、受賞していたことも自信につながっていた。授賞式に行くことで、感触を探る意味合いもありました」。
その過程で小林さんが見つけたのが、「MORE THANプロジェクト」だったのだ。
「2014年からスタートしたプロジェクトを見ていて、『これはいい機会なんじゃないか』と話していたんです」。けれども、英里子さんはまだ及び腰の様子だった。
「やはり言葉の問題や資金的な体力など、まだ時期尚早なのではないかと考えていたようです。確かに、MORE THANプロジェクトに選出されたとしても、そこで成果を出せるとは限らない。そのためには、海外の状況を理解したうえで相談できるプロフェッショナルが必要なのではないか、と考えていました」。
小林さんは、スイスのみならずヨーロッパのマーケットに明るいスイスのディストリビューターにアドバイザーとしての参画を依頼した。
SPREADの作品はかねてからヨーロッパで高い評価を受け、現地のリレーションを構築してきた。そのなかで友人として付き合うようになったディストリビューターだった。
「彼らは仕事柄、フランス・パリの『メゾン・エ・オブジェ』やドイツ・フランクフルトの『アンビエンテ』など国際見本市に足を運んでいて、そこに出展していた日本企業のブースについてかなり手厳しい意見を持っていたんです。『(日本からの出展企業のブースは)キレイだし、楽しいから多くの人は集まるかもしれない。でも本気でここに商談しに来ているとは思えなかった』と。実はそのブース自体は僕の知人が関わっていて、彼らからは『大成功だった』と聞いていました。その認識の違いに、海の『向こう側』と『こちら側』ではまったく状況が異なってくるんだとハッとさせられましたね。ヨーロッパでビジネスを行っているからこそ、現地ならではの率直な意見やアドバイスをくれると思ったんです」
TEXT:大矢幸世
また、スイスへ行く際によくITOのストールを身につけていた小林さんは、出会った人にたびたび声をかけられたのだという。
「これは日本のストール?」「あなたがデザインしたの?」「スイスでは買えないのか?」……「興味を持ってくださる方がこれほど多いのなら、『彼らに届けよう』と思うのは自然の流れ。そこでスイスを起点に海外進出を目指すことにしたんです」。
英里子さんの決意もようやく固まった。2015年6月、「MORE THANプロジェクト」への選出が決まった。
*1
公益財団法人日本デザイン振興会が主催する、Gマークで知れれる日本を代表するデザイン賞。有形無形を問わず、社会を豊かな未来へ導くグッドデザインを選定。家電やクルマなどの工業製品から、住宅や建築物、各種のサービスやソフトウェア、パブリックリレーションや地域づくりなどのコミュニケーション、ビジネスモデルや研究開発など、さまざまなな物事が応募される。
グッドデザイン賞
実施:毎年 応募は4月
http://www.g-mark.org/
*2
NYで開催されていたデザイナーズサタデーの東京版としてスタートしたデザイン、クリエイティブの総合イベント。1997年に「東京デザイナーズウィーク」に改称、2015年から現在の「TOKYO DESIGN WEEK」に。デザイン・アート・ミュージック・ファッション・インタラクティブなど、ありとあらゆるクリエイティブが繰り広げられる祭典で、約10万人が来場する。
TOKYO DESIGN WEEK
日本・東京
開催:毎年秋
http://tokyodesignweek.jp/