2016.07.27
試行錯誤の末に実現した苔玉の世界展開とサステナブルなモデル化【後編】
新潟の苔玉をNYに! ポップアップ・ストアから“苔だけ”の原点回帰へ
新潟の苔玉をパリに広めるため、悪戦苦闘しながらも苔玉や花木を現地調達し、
ローカライズを経てデューを果たした「MASUMOSS」。次の舞台はNYである。
それは、原点回帰と言えるサステナブルな物づくりへの道でもあった―—。
2016.07.27
新潟の苔玉をNYに! ポップアップ・ストアから“苔だけ”の原点回帰へ
新潟の苔玉をパリに広めるため、悪戦苦闘しながらも苔玉や花木を現地調達し、
ローカライズを経てデューを果たした「MASUMOSS」。次の舞台はNYである。
それは、原点回帰と言えるサステナブルな物づくりへの道でもあった―—。
一般社団法人モア・トゥリーズ 事務局長
http://more-trees.net
株式会社モア・トゥリーズ・デザイン 代表取締役
http://more-trees-design.jp/
慶応義塾大学経済学部を卒業後、(株)クボタで環境プラント部門に従事。2007年坂本龍一氏の森林保全団体「more trees」事務局長に就任。木製品やエコツーリズムのプロデュースも手がける。
Paragraph 01
「苔玉をパリへ!」をスローガンに動き始めた輸出プロジェクト。仮説を何度も覆されて、植物を現地調達してヒノキの升(ます)を日本から送り、「MASUMOSS(マスモス)」ブランドとして現地でライセンス販売する形で実現した。
パリの見本市「メゾン・エ・オブジェ」に出展
プロデューサーであるモア・トゥリーズ事務局長の水谷伸吉さんは、「これでメイド・イン・ジャパンと呼べるのか?」という、若干のモヤモヤした気持ちがありつつも、次の目標を設定した。NYだ。
新潟県の「WPPC(木質ペレット推進協議会)」との共創で、「MASUMOSS」のNYデビューに挑む。
「パリの次がNYというのは少し安直に見えるかもしれませんが、グローバルに展開するには、ある程度の“わかりやすさ”が必要です。後に、シンガポールなどのアジアを攻めるときは、先にパリやNYで評価されていたほうが受け入れられやすいでしょう」
実は検疫的にはアジアの方が苔玉を送るのは簡単だとか。香港は土が付いても問題がなく、シンガポールは苔玉のままでも送ることができる。それでも、「MASUMOSS」の付加価値を高めるために、アジアより先にNYなのだ。
*1
米国・ニューヨークで開催される北米最大規模のホーム/ライフスタイル/ギフト商品の総合見本市。北米各地からバイヤーが来場し、ビジネスに直結する見本市として評価が高い。
NY NOW
米国・ニューヨーク
会場:jacob K.Javits Convention Center
開催:毎年2月、8月
Paragraph 02
「『NY NOW』の視察に行きましたが、見事に仮説をくつがえされて……。そもそも植物を扱う出展者が少なくて、あるとしても造花くらい。ここは園芸的なものをインテリアとして扱うバイヤーがまず来ない展示会だったんです」
いきなりの肩すかし。加えて、アメリカは“返品大国”と言われるほど、返品率が高いことがわかった。「娘のドレスを買って試着をして記念撮影をしてから返却する」、といったことが平気でおこる世界なのだとか。
「苔玉は生モノなので、もし枯れた状態で返品されたらどうしようもありません。当初はB to Cも視野に入れていましたが、供給能力やアフターサービスの面を踏まえると時期尚早かなと思い直しました」
現地調査で仮説をくつがえされるのはフランスのときと同じパタ―ンだ。この程度では水谷さんも落ち込みはしない。話を進めよう。今回の『NY NOW』の視察やマーケットリサーチのため、こだわったのが現地のコーディネーターをチームに加えること。
「僕は全体のディレクションや座組を考えたり、交通整理をしたりするだけ。海外展開に関してはそのエリアや分野に強い人をひっぱってくることが重要です。その意味で、NYでは蜷川健氏にコーディネイトをお願いしました。ネイティブの人たちも含めて現地にかなりの人脈をもっていて、NYでの販路開拓をまかせるつもりでした」
マーケットリサーチのため、マンハッタンとブルックリンを中心に見てまわった。それも2日間でインテリアやフラワーショップをはじめ、飲食店やホテル、ジーンズショップにチョコレートショップと50店舗以上!
「一見、関係がないような店も見ることで、パリとの違いやNYのトレンドを理解できます。そのうえでどう落とし込んで行くのかを考えるんです」
マンハッタンはSOHOにあるデニムショップ 「3×1」
ブルックリンにあるチョコレートブランド「Mast Brothers Chocolate」
「NY NOW」の視察やアメリカが返品大国であること、50店舗ものショップリサーチを経て出した結論は、「NY NOW」への出展を見送ることであった。さらに、B to Cではなく、B to Bへ切り替えることにもなる。
今後の戦略としては、NYの和食レストランやホテルなどにターゲットを絞り、ポップアップ・ストアを展開する。お店の目処も2日間のリサーチでついていた。
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ニューヨークのSOHOの少し外れのMERCERストリートにあるアトリエ兼ショップを構えるデニムブランド「「3×1(スリーバイワン)」。手掛けるのは、「ペーパーデニム&クロス」の創始者で、デニム業界の若きレジェンドと言われるスコット・モリソン氏。「made here」を店頭に掲げ、並んでいるロールから選んだデニム生地がその奥の加工場で縫製される。
3×1
住所:15 Mercer Street New York
http://3×1.us/
Paragraph 03
現地視察によってNYでのブランディングの方向性は見えたが、忘れてはいけない問題がある。植物防疫である。
しかし、これに関しては、最終的には荷受人が現地の植物貿易所に輸入許可証を申請するなど、指定された段取りを踏むと、日本から完成品を送ることができることがわかった。
そして現地での荷受人となる人物は、蜷川健氏の紹介によってフロリダの日本庭園も手掛けるNY在住の日本人、りゅうこうけんじ氏に決まる。トントン拍子でことが進んだ。
「昨年、あれほど苦しめられた植物防疫ですが、アメリカでは苔玉のまま完成品として輸出することができるんです。光明がさした気分でした」
ここでさらなる追い風が吹く。日本で「MASUMOSS」がグッドデザイン賞を受賞したのだ。これを機に日本でもフランスから“逆輸入”という形で知名度が上がり、後に高島屋やロフトなどでの取り扱いが決まっていくのである。「正直、逆輸入は狙っていました」と、水谷さん。海外で巻いた種が、着実に育まれていることを感じていた。
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公益財団法人日本デザイン振興会が主催する、Gマークで知れれる日本を代表するデザイン賞。有形無形を問わず、社会を豊かな未来へ導くグッドデザインを選定。家電やクルマなどの工業製品から、住宅や建築物、各種のサービスやソフトウェア、パブリックリレーションや地域づくりなどのコミュニケーション、ビジネスモデルや研究開発など、さまざまなな物事が応募される。
グッドデザイン賞
実施:毎年 応募は4月
http://www.g-mark.org/
Paragraph 04
さらにことは順調に進む。B to Bでのランディングの足がかりとして、NYでのポップアップ・ストアが決まったのだ。マンハッタンの「EN」という和食レストランである。台湾人の女性オーナーが営む「EN」は、多くのセレブが訪れるNYでは知られたハイエンドな店だ。余談だが、水谷さんが現地調査の初日に、リサーチかねてディナーを食べた店だった。
ポップアップ・ストアは2016年1月に決まった。そのためにいくつかの準備が必要だった。
まず、「MASUMOSS」に興味をもった来店者が、ネットで検索をしてサイトに訪れる。そこで詳しい商品ラインナップやメンテナンス方法などを伝えられるように、ウェブサイトを拡充。また、POPや持ち帰れるカードなどを用意し、メンテナンスについての記載を充実させた。これには理由があった。
「苔玉はこれから東海岸で浸透していく段階です。冬の室内はとても乾燥が進むので特に注意が必要ですし、水やりなどの管理はニューヨーカーにとって未知の領域のはず。せっかく手に入れた苔玉がすぐに枯れてしまっては台なしなので、メンテナンスをしっかり伝える必要があると感じました」
万全の体制で望んだポップアップ・ストア。年明け間もない1月8日からスタートした。
和食レストランを飾るテーブルウェアとして、和の雰囲気を持つモダンな「MASUMOSS」は、訪れた多くのセレブの目に留まった。実は「EN」では展示兼販売を行っており、委託で商品を置いてもらっていた。つまり、お店で見て気に入ればそのまま購入できるのだ。
「納品から4日後に最初の購入者が現れたのですが、それが著名な女性映画監督だったんです! 『EN』は僕らが思っていた以上に本当のセレブが訪れる店でした。本当のインフルエンサーにリーチできるフィールドを用意できたことは大きな成果だと思います」
その後も評判は上々。ときには西海岸から来た男性が店内すべての「MASUMOSS」を買って帰ったこともあり、今後は常設で取り扱ってもらえることになった。このように無事にNYでの足がかりをつくることができたが、今後の展開はどうだろう?
「いきなり全米で手広く展開するのは考えていません。まずは『EN』とのご縁を大切に、そこに集う人に“顔の見える関係”でつながり、じわじわとファンを拡げていこうと思います」
「EN」を発信源に少しずつ苔玉カルチャーを伝え、ゆくゆくはNYでの飲食店向けの水平展開や、西海岸での展開などを狙っていた。
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NYセレブが集うNYの高級日本食レストラン「EN Japanese Brasserie(エン・ジャパニーズ・ブラッセリー)」。日本の「えん」グループが手掛ける。オーナーは、台湾出身の楊麗華(よう・れいか)さん。テーブルウエアとして苔玉「MASUMOSS」を使い、販売も行っている。
EN Japanese Brasserie
住所:435 Hudson Street (at Leroy) New York
http://enjb.com/
Paragraph 05
ポップアップ・ストアの話には続きがある。むしろ、これからが本題というか。
「実は『EN』にはいろんなバリエーションの商品を納品しました。そのときに『ミニマルな商品があってもいいじゃん』って話が出たんです。基本は苔玉に花木を乗せたタイプだけど、花の場合は枯れてしまうし、翌年まで咲きません。そこで持ち込んだのが“苔だけ”のタイプ。乾いたら水をやるだけなのでメンテナンスの手間を省けます」
この「ミニマルな商品」は、見た目もシンプルで“禅の境地”を感じさせ、とにかくNYでも非常に評判が良かったという。
ミニマルなタイプの「MASUMOSS」
何より重要なのは“苔だけ”だから、検疫の問題をクリアしやすいこと。これなら苔は新潟で栽培して、国を問わずに直送できる。荷受人さえいれば「EN」に段ボールで直送することだってできるのだ。
この「ミニマルな商品」から、さらにブラッシュアップして誕生したのが「スナゴケ」である。普段はドライの状態だが、霧吹きでシュッシュッと水をやると広がるタイプ。これならシート状にして送ることができるし、DIYでチョキチョキと好きに切ることもできる。
上がドライの状態。下が霧吹きで水をかけた状態
「『スナゴケ』は胞子を巻いてから苔になるまで1、2年はかかりますが、最終的には箱に入れて苔自体を海外に売り出そうと思っています。本当のことを言うと『MORE THANプロジェクト』2カ年目として、新潟の苔栽培を量産体制までもっていくという“隠れた野望”があったんです」
本人、飄々としているが、実は結構凄いことである。もちろん、「スナゴケ」は事業者であるWPPCが育てている。しかも、農業生産法人として分離独立した「グリーンズグリーン」という会社を新たに立ち上げ、苔アドバイザーの基で栽培しているのだ。現在、商品キットのパッケージも検討中なのだ。
検討中のパッケージ
Paragraph 06
勘のいい読者ならお気づきだろう。ここに来てようやく話はスタート地点の木製ペレットに戻る。
実はいま流通している苔の大半は、自然に映えているものを剥がしており、一度、苔を剥がすと育つまで何年もかかる。そして、近年の苔玉ブームによって自然界の苔は乱獲され、生態系に影響を及ぼしつつあるという。
「『グリーンズグリーン』では、木質ペレット燃料によって苔の人工栽培を行っています。いわば“フェアモス”です。最後にカラカラに苔を乾かすが、そこでペレットヒーターを使っています」
思えばパリでの出展からことごとく仮説を覆され、植物を現地調達してようやく現地での商品化を実現した。NYでは目当てにしていた展示会の当てが外れ、B to Bでのポップアップ・ストアに路線変更して、ようやく日の目を見た。
本人曰く「予想もしていなかった展開ばかり」だが、どうして新潟の苔を海外に送るという、原点に立ち戻ることができたのか? 不屈の闘志があったとか?
「そうじゃありません(笑)。途中でどんなに形態を変えたとしても、私や事業者であるWPPCさんの根底には、いつも日本の森林への想いがありました。サステナビリティへの想いが常にあったからこそ、プロジェクトの原点に立ち戻ることができたんだと思います」
突破口は開かれた。
ここから先はWPPCが主体となり、日本の苔カルチャーと、サステナブルな環境で育てられた新潟の苔を海外へ発信していくのであろう—。