2018.05.07
ネット通販を成功に導く、たった1つの視点とは?
デジタルマーケティングでも、アナログなアプローチを大切に。
販売チャネルが多様化している今、ネット通販は軽視できない存在だ。しかし、成功している企業は決して多数派とはいえない。軌道に乗せるためにはどのような視点が必要なのか。ECサイト改善を得意とし、数々の企業の月商を倍増以上に導いてきた村式株式会社の代表取締役、住吉優さんに詳しく聞いた。
2018.05.07
デジタルマーケティングでも、アナログなアプローチを大切に。
販売チャネルが多様化している今、ネット通販は軽視できない存在だ。しかし、成功している企業は決して多数派とはいえない。軌道に乗せるためにはどのような視点が必要なのか。ECサイト改善を得意とし、数々の企業の月商を倍増以上に導いてきた村式株式会社の代表取締役、住吉優さんに詳しく聞いた。
1977年広島県呉市生まれ。山口大学大学院を修了後、大日本印刷株式会社に入社。ICカードなどの情報セキュリティシステムのSEとして4年間勤務した後、2006年、同期の仲間とともに村式を創業。ウェブディレクター・プロデューサーとして日本最大級の手仕事マーケットプレイ「iichi」(https://www.iichi.com/)、鎌倉特化型クラウドファンディング「iikuni」(http://iikuni-kamakura.jp/)など数々のウェブ事業を手がける。鎌倉をITで全力支援する「カマコン」に参画しているほか、地域や国境を越えて協働する「越境プロジェクト」の事業にも力を注ぎ、日本各地やアジア諸国を駆け巡る日々を送っている。起業、ローカル×IT等のテーマで講演実績多数。
Paragraph 01
インターネット経由でモノを買うのが当たり前の時代になった。誰もが手軽に買えることから、売る側はECサイトをオープンさせれば自動的に売れていくと思いがちだが、実態はどうなのだろうか。国内ECや越境ECのプロデュース・構築・運営を行っている村式株式会社の代表取締役、住吉優さんは「正直、全然売れない店舗もある」と話す。
「今は無料で簡単にECサイトを構築できるサービスもありますし、低コストで作成してくれるウェブ制作会社もありますから、短時間・小予算で自前のECサイトをオープンさせることは可能です。しかし、事業として成功するかは別問題で、苦戦しているところが多いのではないでしょうか」
なぜ苦戦するのか。住吉さんは、基本的な部分を見落としているケースが少なくないと指摘する。
「インターフェースが悪かったり、導線がわかりにくかったりして、訪れてくれたお客さんを逃しているサイトは結構多いんです。制作会社さんの実力不足、もしくは手抜きとしか思えない場合もありますが、『こんなもの』と思い込んでいる事業者さんが少なくありません。あるいは、問題があることはわかっていても、コストがかかることを嫌って結果的に放置してしまっている事業者さんもいます」
せっかく優れた商品を用意していても、サイトの使い勝手が悪ければ買う気が削がれてしまう。チャンスロスを生み出す構造となっているのだ。
「もちろん、売れない原因はそれだけではありません。インターフェースが優れていても売上が伸びないサイトは、何が“売り”なのかわかりにくい傾向があります」
実店舗でも、陳列にメリハリがなければ魅力を感じないのと同じで、ECサイトも単に商品を並べればいいわけではない。「とりあえずネットでも売ってみよう」という感覚で商品画像をアップし、価格と概要だけ添えても、購買意欲を喚起させるのは難しいということだ。それどころか、情報が少ないため買い手は価格で比べざるを得なくなり、望まない価格競争に巻き込まれてしまう可能性すら生じてしまうのである。
Paragraph 02
逆に、売れるネットショップの条件とはなんだろうか。住吉さんは「商品力の高さ」「世界観をしっかり打ち出している」の2つを挙げた。つまり、ブランディングができているということだ。
「ブランディングができていれば、どの商品を主力にするのか自ずと絞り込まれます。お客さんとどんなコミュニケーションを図りたいかということも定まってきますよね。そうやって“売れ筋”と“見せ筋”を絞り込んでいるサイトはやはり強いですし、ファンも生まれやすくなります」
ファンは、一時的なブームやトレンドに左右されることなく、長期的に支持してくれる。12年以上ECサイトの構築・運営に携わる中で、ファンに愛されることの強さを肌身で感じてきた住吉さんは、「買い手も売り手も作り手も三方良しで楽しく関われる、幸福感を得られるECサイトが主流になる」と話す。
「ECサイトのサポートにもいろいろなスタンスがあるでしょう。早く安く構築することを目指しているところもあると思います。でも、僕たちはこれまで、競争や目標達成ありきでは成果につながりにくく、お店が大切にしたい価値観や信頼感、安心感をベースにしているECサイトは着実に成長することを経験してきました。だから、たとえ件数が少なくなっても、1件ずつ丁寧に取り組んでファンを増やすやり方を選択しています」
注目したいのは、売上が伸び悩むECサイトの改善を村式が得意としている点だ。伸び悩みは限界に到達していると考えがちだが、改善の余地があるケースが多いという。
「ゼロからスタートする新規事業はかなりのエネルギーを伴いますし、コストもかかります。僕たちは、データを解析して低コストで課題解決を目指すグロースハックの手法を用いますので、ある程度トライアンドエラーのデータが蓄積されているほうがやりやすいというのもあります」
手がけることが多いのは、月商200万円から3,000万円くらいの規模。どのくらいの伸びが期待できるのか聞くと、ケースバイケースながら「月商1億円」は十分に狙えるという。
「そのくらいならばグロースハックが効く範囲なんですよ。当然、やらなければならないことはたくさんあります。現状分析・調査からブランド戦略の構築、YouTubeやブログを活用したコンテンツの拡充、的確なメルマガの配信……。リスティング広告や検索エンジン対策も欠かせません」
意表をついた方法ではなく、どれもオーソドックスなアプローチ。「メルマガは効果がないと最近いわれますが、ちゃんと取り組めば効くんですよ」という住吉さんの言葉からも、丁寧に取り組むことの重要性が伝わってくる。一定期間サポートを受けてから自走するうえでも、大いに参考になることは間違いない。
Paragraph 03
では、越境ECの場合はどうかといえば、国内ECとは異なるアプローチが必要になると住吉さんは明かす。
「村式のビジョンでもありますし、僕自身の思いでもありますが、日本のローカルの価値に無限の可能性があると感じているんです。その良さを世界に伝え、さまざまな形で貢献したいという気持ちがあり、越境ECへのチャレンジをはじめました。でも、単にサイトを英語化しただけでは全然売れないんですよ。正直、初期段階では相当失敗を繰り返しました」
売れるどころか、まったくお客が来ない状態だったという。なぜだったのだろうか。
「日本人が『外国人にウケるだろう』と思い込んでいる価値観を、商品ラインナップにもサイトデザインにも盛り込みすぎてしまったんです。それが響く人もいるかもしれませんが、独りよがりでは意味がありません。結局、相手の気持ちに立ったお店づくりができていなかったということに尽きますね」
いかに日本人にとって価値の高い伝統工芸品であっても、誰も検索しない言葉であれば、サイトにたどりつくことすらかなわない。ニーズをいかに掴み、商品ラインナップに反映するか――。どんなビジネスにも通じる原則は、越境ECでも変わらないのである。
ただし、ニーズを掴むのは国内よりも手間がかかる。各国の検索キーワードを調査するにしても一筋縄ではいかない。同じ英語でも国によって使い方が異なるため、それぞれの国の事情に精通していることが求められる。そのため、村式では現地パートナーとコミュニケーションを常に図っているほか、実際に現地を訪れて肌感覚を養うことも重視している。
「ECサイト構築は、机上でテクノロジーを駆使しているイメージが強いかもしれませんが、アナログなアプローチも非常に大切だと思います。現地を訪れるだけでも、ネットでは得られない気づきがたくさんあります。僕はアジア圏によく行くのですが、たとえばミャンマーは検索エンジン対策がまだほとんどされていないので、その対応に注力すればある程度の効果が期待できます。決済方法を確認するのも重要で、クレジットカードがほとんど使われていなくて代引き中心という国だと、戦略も変わってきますよね。日本のEC環境を前提に考えがちですが、国によって千差万別なので、できるだけ生々しい情報を掴むようにしたほうがいいと思います」
Paragraph 04
ニーズに適したブランド構築で成功を収めている越境EC実績のひとつが、株式会社AJJの運営するA-JANAIKA JAPAN(ええじゃないかジャパン)だ。伝統工芸品を中心に2,000点以上を取り扱っているが、あえて売れ筋商品を絞り込んで前面に打ち出すことで集客に結びつけている。
その商品のひとつが、広島県安芸郡熊野町で生産されている熊野筆だ。熊野町は日本最大の筆の産地だが、毛筆人口の減少や外国製の安価製品に押され、1970年代以降は生産が伸び悩んでいた。転機となったのは、1990年代後半にカナダの化粧品メーカーM・A・Cと結んだ化粧筆のOEM契約。以来、海外でその品質の高さが認められ、ハリウッドセレブやパリ・コレクションのメイクアップアーティストが愛用するなどブランド価値が向上した。日本では、2011年にサッカー日本女子代表がFIFA女子ワールドカップで優勝したとき、国民栄誉賞の記念品となったことで知名度が急上昇している。
「運営のAJJ様は、この認知度や商品力の高さを生かさない手はないと思い、主力商品に打ち出すことで売上をぐんと伸ばされました。高級シリーズや人口毛シリーズなど、ニーズに沿ったカテゴリや動線設計を施しているほか、詳細な情報を盛り込んだブログとも連動させています」
認知度の高いサイトに成長したことで、相乗効果も発揮。化粧筆に興味を持ってアクセスした人が包丁を購入するといった例もあるという。
Paragraph 05
翻訳やサイトデザインを、ターゲット国に応じて工夫するのも越境EC構築には欠かせない。その好事例が、上株式会社森木ペーパー。大正14年創業、90年以上の歴史を誇る老舗和紙問屋で、上質な和紙を扱っていることで世界的にその名を知られている。「ツイン・ピークス」の監督であるデヴィット・リンチも、自らのアトリエで使っているほど熱烈なファンだ。
「和紙は、日本での需要が減っているものの、欧米では非常に人気なんです。たとえばバチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂の天井壁画や貴重な古文献の修復に用いられるなど、文化財修復ツールとして重宝されています。そのため、美術館のキュレーターからの注文も多いんです」
単なる和紙販売ではなく、アートのエキスパートに愛されるサイト。美に厳しい人たちがターゲットとなるだけに、デザインだけでなくコンテンツの内容にもこだわる必要がある。美術に詳しいだけでなく和紙の世界を理解できるパートナーを立てたほか、国際感覚と美的感覚を併せ持つディレクターを起用。ネイティブチェックも念入りに行った。そうして完成したサイトのビジュアルがこちらだ。
美意識は文化によって形成される部分が大きいため、国や地域性が反映される。森木ペーパーの場合は、ニーズが多いヨーロッパにターゲットを絞り、デザインや写真、書体にも配慮。原料や密度で絞り込める機能を搭載するなど、アートを仕事とする人たちの利便性も追求した。単に販売するだけでなく、和紙の価値そのものを向上させるつくりとなっている。
「森木ペーパーは世界25ヵ国に和紙を供給していて、すでにネットワークをお持ちでしたが、越境ECを展開したことで海外からの問い合わせ対応が格段にスムーズになりました。結果的にカタログ店舗としても機能しているため、コスト削減にも貢献できた形です。和紙はユネスコの無形文化遺産にも登録され、ますます注目を集めていますので、今後さらにいろいろな仕掛けができるのではないかと考えています」
Paragraph 06
たとえ越境ECに海外事業の軸足を置かなくても、設置しておくメリットは大きい。しっかりとコンテンツをつくり込むことで、販売窓口を兼ねた海外向けウェブサイトとして機能するからだ。そのために見落としてはならないのは、安心感を与えるための工夫をすることだと住吉さんは助言する。
「ネイティブチェックは絶対にしたほうがいいですね。多少コストがかかっても、信頼のおけるパートナーを起用するべきだと思います。というのは、中途半端な翻訳者が手がけると、よくある『変な日本語Tシャツ』のような間違いが起こりかねないからです。そういう隙があると、一発アウトとなって見向きもされなくなってしまう可能性があります。あとは、会社の概要もしっかり出しておくべきです。可能であれば、海外でも知られているような取引先名を載せておいたほうが、安心感を与えることができます」
リスクヘッジの意味だけでなく、ファンを拡大するためには欠かせない配慮。まさに、村式が掲げる経営理念「人に愛されるサイトをつくる」を体現している。ウェブサイトはデジタルマーケティングの代表格だが、関わる人たちの思いを包み込み、つながりを広げていく有機性を持たせようとしているかのようだ。
「僕たちの創業当時から変わらないテーマで、大切にしている価値観が『越える』なんです。目標を越える、自分の中の壁を越える、そして国境を越える。それを実現し続けるためにも『愛される』をキーワードに、さまざまな事業者さんのECサイトの改善・構築サポートを手がけていきたいと思っています」
日本人にとっては、ストレート過ぎてときに気恥ずかしさも伴う「愛」というキーワード。しかし、現状を突破し夢を実現させるためには、欠かすことのできない思いなのかもしれない。
TEXT:高橋秀和