2018.06.14
本当の意味で「知見を活かす」プロジェクトの進め方とは？
地場産業の多くは分業制を採用しているが、全体の売上高が下がることによって各事業者にシワ寄せが来ているのが現状だ。製品の質を保つうえでも分業制の維持は必要であり、苦しんでいる産地は少なくない。この命題に対して明快な回答を示してくれたのが、デザインディレクターの浜野貴晴さん。浜野さんが取り組んだ佐賀・有田でのプロジェクトを軸に、プロジェクトを適切に進めるコツを聞いた。
埼玉県川越市出身。芝浦工業大学大学院建設工学専攻修了後、GKデザイン機構に入社。GK設計で都市環境デザインや景観計画などを担当する。その後、消費者起点の商品開発WEBサイト「空想生活」を運営するエレファントデザインで、DTO（Design To Order）事業兼制作部長としてSwitch! the design projectのディレクションや卓上IHクッキングヒーター「COMPACT IH」、窓用暖房機器「WINDOW RADIATOR」などを手がける。2006年にpromoduction設立。PRの視点に基づいた商品開発を行う一方、出版物などでのデザイン評論や講演・セミナー活動も展開。2014年6月から2017年3月まで有田焼創業400年事業の一環として佐賀県窯業技術センター特別研究員に就任し、同センターの機能強化や、これからの産地でのものづくりのあり方の研究に従事。2017年4月よりデザインディレクター、プロジェクトオーガナイザーとしてフリーランスでの活動を再開するとともに、佐賀県窯業技術センターの外部アドバイザー、佐賀県が主導する有田焼産地でのアーティスト・イン・レジデンス事業「Creative Residency in Arita」の専門委員として、引き続き有田焼産地支援も継続している。
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地場産業が衰退しているのは周知の事実。いかに現状を打開するかを模索した結果、専門家の知見を活用しようと外部からデザイナーやプロデューサー、ディレクターを招聘する――。もはや珍しくもない話だが、すべてがうまくいっているわけではない。むしろ、「外部の人材にかき回された」と地場の人たちが感じてしまう結果になり、“デザイナーアレルギー”に陥ってしまった事例もよく聞く。デザインディレクターの浜野貴晴さんが「有田焼創業400年事業」に携わったときも、佐賀・有田では重篤な“アレルギー症状”が出ていたという。
「2014年に佐賀県窯業技術センターの特別研究員に就任し、当初は事業者に技術指導をするという役割を与えられました。デザイナーに対するアレルギーがあるということは予想していたので、事業者には『商品開発コンサルタント』と名乗ったんですが、実は“コンサルタントアレルギー”も強くて、『なんだこいつ？』という目で見られたこともありましたね（笑）」
有田焼創業400年事業のウェブサイト「ARITA EPISODE2」。浜野さんはこのサイトの編集長も務めた
有田焼は、伝統工芸品の中でもとりわけ知名度が高い。そして、売上高が低下するスピードも速かった。ピーク時の1991年には249億円だったのが、2012年には5分の1以下まで落ち込んでいる。それだけに苦境を脱しようとの思いも強く、早くから外部の専門家が多く携わってきた。しかし、残念ながら成果を挙げることができず、“アレルギー症状”だけが残ってしまったというわけだ。
「あれをやってくれ、これをやってくれといろいろ押し付けられて、言われるままにやったけれども結果が出ない。でも、提案した側は責任を取らずに東京へ帰ってしまうというのが、有田の人たちの率直な心情だったと思いますし、悪しき過去としてトラウマになっているんです。だから、『押し付けるだけで責任を放棄することはしません』とお伝えしました」
誠意を示し、事業者とのコミュニケーションを図ることから始めようとした浜野さんだが、事態は簡単に好転しなかった。県のお墨付きを得たアドバイザーという存在に興味を示しても、浜野さんのもとへ訪れた事業者は少なかった。
「『有田焼創業400年事業』の一環で就任しましたので、当然任期があります。待っていても好転しないとは思っていたので、あるプロジェクトでは事業者のみなさんに『2時間だけください』とお願いして面談の時間をとってもらいました。まず『僕はこれをやりなさい、あれをやりなさいとは言いません。ただ、できる限り訴求力のある商品に仕上げるため、早い段階から販売を意識した戦略を立てながら開発をアドバイスさせてください』と話したうえで、彼らの悩みをヒアリングし、ガッチリアドバイスしたんです」
この面談が重要だったのは、浜野さんが自らのスタンスと役割を具体的に示した点にある。押し付けの提案はしないことを前提に、ヒアリングの仕方やアドバイスの方向性を、事業者それぞれの悩みに即した形で伝えたからだ。また、あくまでも自分は外部アドバイザーであり、プロジェクトの主体はみなさんであることを訴え、自らを“よそ者”として意識させた。
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浜野さんが面談した効果はすぐに表れた。事業者から頻繁にプロジェクトの進捗が報告され、「ちょっと行くので相談にのってください」という電話がかかってくるようになったのだ。
「あとで知ったのですが、ある事業者さんが友人に『オレ、浜野さんを信じる』と宣言してくれたそうなんです。心を開いてくれた瞬間ですね。有田のような小さな産地は、みなさん地縁血縁でつながっていますから、そういう話はあっという間に広がります。おかげで打ち解けてもらえるようになりました」
浜野さんはこのチャンスを逃さず、事業者たちとのコミュニケーションを重ねていく。注目すべきは、あくまで“よそ者”としてのスタンスを貫いたことだ。
「地縁血縁でつながっていると、本音はなかなか表に出せません。でも本当は誰かに言いたいですよね？ 僕は窯業技術センターの特別研究員に就任したので現地に住みましたが、任期付職員という身分なので、任期が終わればどこかへ行くわけです。今はそばにいるけれども、いつかはいなくなる人ですから話がしやすいだろうと思って、あえて“中の人”にはならないようにしました」
その結果、いろいろな情報が浜野さんのもとに集まってきた。
「マンツーマンでの話の内容には愚痴も多いんです。でも、愚痴には『産地が抱える課題』が隠れている。それをクリアしていけば課題が解決しますので、積極的に“課題拾い”をしました。それでわかったのは、必要なときだけ現地に行くことで見えるのは、良い意味でも悪い意味でも氷山の一角だということです」
浜野さんが気付いたのは、分業制という構造の中で疲弊する事業者の存在だった。有田焼は完全な分業制で、土や生地、型、釉薬、絵の具など細かく専門の事業者に分かれている。ひとつでも欠けるとものづくりが成立しない構造だが、その中でも型と生地の工程を担う事業者が苦しんでいた。
「型や生地をつくるのは、焼物の工程の中では初期段階です。型ができないと生地が鋳込めませんが、いざ鋳込んで生地が抜けないと型を修正しなければなりません。そのマネジメントは窯元がしているため、型屋さんと生地屋さんが直接やりとりをすることなく、窯元を経由しての伝言ゲームになってしまっています」
型屋も生地屋もその道のエキスパート。お互いのスキルをすり合わせればスムーズに高品質なものができるはずだが、長年かかって築き上げてきた分業制の構造がそれを阻んでいるのだ。その結果、型屋は「こうやって鋳込んでくれれば」、生地屋は「もっとこういう型にしてくれれば」と、お互いにフラストレーションを抱えてしまっていた。構造的に窯元の下請け的なポジションになっているため、窯元が「これをつくってくれ」という依頼方法が常態化しているのも問題に感じた。
「型屋さん、生地屋さんを下請けと捉えているがゆえ、少しでも安くしようと隣の波佐見（長崎）なども含めた別の業者に乗り換えるという話も聞きました。これの何が問題かというと、有田の型屋さん、生地屋さんに事業継続のモチベーションがなくなることなんです。単価が下がるだけでなく仕事もなくなり、後継者もいないということになれば廃業せざるを得なくなります。そうすると、有田で型や生地がつくれなくなるんです」
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400年続いてきた有田焼の分業制崩壊の危機。もちろん、現地の人の中にもそれに気付いている人はいる。浜野さんが所属する窯業技術センターも、「有田焼創業400年事業」に関連プロジェクトを立ち上げようと提言していたが、実現しなかった。
「プロジェクトが実現しなかったのは、問題提起だけで解決策の提示ができなかったからです。窯業技術センターは研究者の集団なので、非常に高い問題意識を持ち、的確な分析もできますが、具体的な道筋を描けなかったようにも思います」
「有田焼創業400年事業」では、実に17本ものプロジェクトが動いた。アドバイザーとして事業者からの信頼を得た浜野さんは、オブザーバーとして全プロジェクトを推進させる役目を担っていたが、その状況を見過ごすことはできなかった。型屋・生地屋のモチベーションアップや単価アップを実現できるスキームを組み込んだ実験的なプロジェクトを始動させたのである。器作家のイイホシユミコさんと陶芸家の鹿児島陸さんがコラボレートした「floro / フローロ」がそれだ。
LEEマルシェ掲載の『floro / フローロ」紹介記事［イイホシユミコさん、鹿児島睦さん、夢のコラボができました］
SASEBO TO ARITA掲載の「floro / フローロ」紹介記事［有田焼｜イイホシユミコ × 鹿児島睦「FLORO / フローロ」開発ストーリー］
それまで有田では、クリエイターとの仕事の元請けは商社や窯元だった。クリエイターから受けたオーダーを、窯元は型屋、生地屋に下ろしていく。型屋、生地屋は窯元の注文通りにものづくりをするだけで、どんなオーダーなのか内容も知らない状態だった。
「クリエイターの構想も知らず、ただ指示通りにつくるだけですから、モチベーションが上がるはずもありません。それに、商社や窯元のレベルで形状を判断するわけから、エキスパートの知見を活かしているとはいえないんです」
常人が想定する以上に高度なことができるのが、エキスパートのスキルというもの。より高度でイノベーティブなものづくりを実現するには、それを活かさない手はないだろう。しかし、ガチガチに固まっている分業構造を崩すのは容易ではない。果たして浜野さんはどのような策を打ったのか。
「形状に関する最初の打ち合わせで、クリエイターから型屋さんと生地屋さんに直接相談してもらい、窯元や商社はオブザーバーになってもらったんです。つまり、クリエイターからのオーダーを全員が直接受ける形にしました」
すると、さっそくイノベーションが起こった。難しいクリエイターからのオーダーに、商社や窯元は難色を示したものの、型屋と生地屋はその場で解決案を提示したのだ。
「『こうすれば鋳込めるんじゃないか』『じゃあこういう型にすればいい』といった具合で、型屋さんと生地屋さんがその場で話を進めていったんです。最終的には生地屋さんから型屋さんにオーダーする形になりました」
今までの有田になかった受注・生産体制が確立した瞬間だった。それは各エキスパートのスキルを最大限に引き出す体制でもあり、質の高いプロダクトを生むことにもつながった。当然売上にも反映され、「floro / フローロ」は発売2週間で3ヵ月後までの生産が追いつかないほどの注文が入り、大ヒットアイテムとなったのである。
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「floro / フローロ」プロジェクトは、当初の目的だったモチベーションアップと単価アップも実現させた。
「それまで型屋さんも生地屋さんも、クリエイターから直接オーダーを受けたことはないので、まず気持ちが高ぶるわけですよ。求められているのが難しい形状だと知れば、やっぱり職人だから力が入りますし、直接対話する中で頼られていることが伝わるので、モチベーションは当然上がります」
では、単価はどのような方法でアップさせたのだろうか。
「単価をアップさせるには、上代を高めに設定しなければなりません。僕は、このプロジェクトを今後のロールモデルにしたいと考えていたので、クリエイターも“売れる能力”がなければだめだと思っていました」
実は、浜野さんが有田に行くことになってから、多くのクリエイターやデザイナーから「実は有田でこういうことがやりたい」という声が集まっていたという。その中から、型屋・生地屋のモチベーションと単価をアップさせるプロジェクトに最適なクリエイターとして、イイホシユミコさんと鹿児島陸さんをコーディネートしたというわけだ。
「おふたりとも人気がある作家さんなので、コラボするだけでも話題になります。そこでまず、おふたりに『上代を高めに設定したい』と前もってお願いしておいたんです。そのうえで、商社と窯元に『この上代だったら問題なくできますよね』と了承を得て、全員が初めて顔を合わせる打ち合わせに臨んだんです」
型屋と生地屋が主体となって打ち合わせを進行させたのは、前述のとおり。それを踏まえて浜野さんは「型屋さん、生地屋さんが責任をもってやってくれるので、型代、生地代も上げてください」とお願いしたのである。全員がいる場所で金額を決めたことで、それまでの元請けと下請けの関係ではなく、商社・窯元・型屋・生地屋がフラットな関係になったのだ。
「もちろん、どの商社や窯元、型屋さん、生地屋さんでもすぐに対応できるとは限りませんから、こういう関係性をうまく構築してくれそうな方々だったからこそできたことです。大切なのは小さくても成功事例をつくること。小さな産地ですから『あのやり方をすればうまくいく』という話はすぐに広まり、真似されますからね」
このスキームで特筆すべきなのは、ほとんどコストがかかっていない点だ。
「何かを劇的に変えたわけじゃないんです。結局はクリエイターをその場に連れて行って関係者を全員同席させただけですので、お金もかかりませんし、実行するにあたって大きな障壁もありません」
ただし、単に顔を合わせただけでは単価アップまで実現させることはできない。プロジェクト参加者の役割と利益分配の構造を明確化させたことに、浜野さんのディレクションの巧みさがあったといえる。
「地場産業に限らず、誰かが一方的に負荷を負うとプロジェクトはうまくいかなくなります。平等に対価が支払われる仕組みを整えつつ、何かをちょっとだけ変えることでパラダイムシフトを起こすことができます」
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品質を高めつつ、ものづくりの担い手のモチベーションや単価までアップさせる浜野さんの手法。もうひとつ着目したいのは、事前にプロモーションの戦略を構築したうえで開発取り組んでいる点にある。
「僕の会社はpromoduction（プロモダクション）といいますが、これはプロモーション戦略を構築してからプロダクション（ものづくり）をするという意味を込めています。『floro / フローロ』も、プロジェクトの過程そのものがプロモーションに使えると考えていたので、最初の打ち合わせ段階から写真をたくさん撮影して、発売後に各メディアに提供しました。プロモーション効果があるのはもちろんですが、全国紙に手がけた製品が紹介されれば、さらに型屋さん、生地屋さんのモチベーションアップにつながりますから」
プロモーションを構築したうえでものづくりの方向性を確立し、関係者全員を同席させる。浜野さんは、この手法を他のプロジェクトでも積極的に活用している。たとえば、東京ガスとリンナイが共同開発したガスビルトインコンロ「ピピッとコンロ + do GRiLLER（プラス・ドゥ・グリレ）」がそうだ。
2014年度グッドデザイン賞を受賞した「ピピッとコンロ + do GRiLLER」（東京ガス×リンナイ）。グリル部分を魚焼き用だけでなく、ピザなど多彩な料理ができるようにした
「ガスコンロのグリル部分は、魚焼き用に使われている場合がほとんどです。でも、本当はいろいろな料理がおいしくできるんです。でも、魚のマークが入っていたりしてニーズが広がっていない状況がありました。そこでまず、ユーザーのみなさんがどんな料理をしたいのかマーケット・リサーチをしてもらったんです。そうしたら、『ピザを焼きたい』『パンを生地からつくりたい』の2つが見つかった。グリルを開いたところにピザが置いてある写真を見せれば、説明せずとも魚焼き以外の料理ができるというこのグリルの価値を伝えられると直感しました」
冷蔵や冷凍のピザの標準的なサイズは10インチ（約25cm）。ところが、グリルの幅はそれまで24cmが標準サイズだった。そこで浜野さんは、エンジニアを含めた関係者全員に同席してもらい、幅26cmのグリルをつくる必要性を訴えた。その結果、今ではガスコンロのグリルの標準サイズは26cmになったという。
「ゴールイメージを設定してみんなで共有すれば、幅26cmにするために何をすればいいのかそれぞれの分野で考えてくれます。そのイメージを提示して『いっしょに考えましょう』と伝え続け、プロジェクトを推進していくのが僕の役割です」
全員に何をするべきか指示をするのではなく、目的を達成するためにどうするべきか各人の知見を吸い上げる仕組みを整え、推進していく役割。浜野さんが“デザインディレクター”と名乗る理由は、そこにある。
「もともと僕はデザイナーでしたが、以前は色や形を決める役割としか見られていませんでした。でも、本当に役立つものづくりを進めるためには、企画や製作だけでなく、販売や流通まで考慮する必要があります。デザイナーとして、開発がスムーズに流れないことも経験し、全体をつなぐ役割の人間が必要だと思い、デザインディレクターと名乗るようになったんです」
ユーザーのニーズからものづくりの現場まで全体を見渡し、プロジェクトを動かしていく。そうすることで、たとえプロダクトアウトなものづくりであっても、限りなくマーケットインに近づけることが可能だという。
「僕にとってデザインとは、ユーザーに新たな価値を届けることなんです。ただものをつくっただけでは、人を幸せにすることはできませんよね。使ってもらって、いいなと思ってもらえた段階で初めて幸せになってもらえるはずですので、自分の知見を活かしてそのお手伝いができればと思っています」
だから、浜野さんのデザインは形状や色合いにとどまらない。プロモーションやビジネスモデルといった大きな流れを見据えて、関わる人たちすべてが幸せになれるように考えている。しかも、決してドラスティックな形ではなく、それぞれの最大限の力を無理なく引き出す手法は、閉塞感のある状況で苦しんでいる事業者にとって、大きなヒントになるのではないだろうか。
TEXT：高橋秀和