2017.03.21
「勝つ」ためには「変化に対応」せよ。海外市場を「賢く」開拓する方法【前編】
世界は、あなたを待ってはくれない
伝統に培われたものづくり大国、日本。成熟した技術を持つ日本のものづくりメーカーが、世界を相手に自らの価値を提案していくとき、どのような思考とそれに伴う行動が必要なのか――。
2017.03.21
世界は、あなたを待ってはくれない
伝統に培われたものづくり大国、日本。成熟した技術を持つ日本のものづくりメーカーが、世界を相手に自らの価値を提案していくとき、どのような思考とそれに伴う行動が必要なのか――。
ジェトロ(日本貿易振興機構)では、生活文化・サービス産業部長、理事として、中小企業向けに数々の海外ビジネス支援事業を立ち上げ実施。クールジャパン事業、ミラノ万博日本館(2015)などを担当する。現在、内閣府で異分野・異業種、官民の連携によるクールジャパン戦略を担当するとともに、信州大学では理事として、地域貢献にも取り組む。ジャパンブランド推進委員、東京国際映画祭実行委員など、各種公職を歴任。
Paragraph 01
JETRO初の女性理事を経て、内閣府のクールジャパン戦略担当になった浜野京さん。強力なリーダーシップとものづくりへの愛で、中小企業の商品をアジア市場に展開する「アジア・キャラバン」など、数々の先進的な「稼ぐプラットフォーム」を立ち上げ、成功に導いてきた。
海外の展示会主催者やバイヤー、デザイナーとの豊富なネットワークを活かし、個別企業のハンズオン支援も行っている彼女に、海外進出を目指す中小企業に必要な「稼ぐための心構え」を聞いた。
キーワードは「変化に対応する」。
*1
日用品・生活雑貨でアジア市場開拓を目指す中小企業を対象に、ジェトロが2010年から行っている支援事業。アジアの複数都市に拠点を設けて、現地バイヤーとの商談会をセッティングするほか、メディアを活用したプロモーションの実施、海外市場開拓に向けたセミナーなどを行う。当初は中国市場をターゲットに展開していたが、現在はその規模をASEAN諸国にまで拡大。海外進出の足がかりになるプラットフォームとして、好評を博している。
アジアキャラバン
Paragraph 02
ーまずは、海外進出の登竜門とも言える展示会についてお聞きします。さまざまな関門があると思いますが、どのような点に注意すべきでしょうか?
「私は展示会以前に、そもそもの売り方や出口を間違えている事業者さんが非常に多いと感じます。不遜な言い方ですが、いいものを作ったから売れる、“わたしたちの素晴らしい思いを『見せたい』”ということが先にたってしまって、使う相手のライフスタイルに合っていないものを、違った国の、さらに違った展示で提案していることがあります。これはまったくのミスリードです」
―どこが適切な出口か、駆け出しの事業者にとっては非常に難しい問題では?
「いいものを作ったから、自分ではどこでも売れるような気がするのでしょう。商品に自信もありますから。でも、海外で売るのは、自分の国で売るのとは違います。まずは、どこの誰に売るのかを見定める必要があります。さらに、自分の商品がそのまま売れるのか、価格はどうか、どのような工夫をすれば売れるのか、あくなき探求をしてほしいのです。たとえば、京都・西陣で300年以上続く『細尾』という西陣織の老舗メーカーがあります。海外進出のお手伝いをさせてもらいましたが、展示会や商材を冷静に見直し、海外でインテリア・テキスタイルとして売れるきっかけをつかみました。いまや世界のラグジュアリーマーケットを相手にインテリアやファッションとコラボするNISHIJINメーカーとして革新を遂げています」
株式会社細尾の12代目である細尾真孝取締役(左)と、メッセ・フランクフルト社アンビエンテ総責任者のニコレット・ナウマン氏(右)
Paragraph 03
―西陣織とインテリアの組み合わせですか。とてもモダンな感じがしますね。
「すばらしいです。ただ、細尾さんも最初から成功したわけではありません。着物では売れませんから、当初、西陣織のクッションやテーブルセンターを作ってパリの『メゾン・エ・オブジェ』に出展しました。現地では『日本的で、ステキ!』と褒められたそうです。ところが、悲しいことに売れていかない。」
― ひとつも? 褒められているのに、ですか
「はい。それが少し続いて、私のところに相談に来られました。まず思ったのは、クッションカバーにしては価格が高すぎること。日本で小売価格3万7千円くらいの花鳥風月柄のクッションが、現地に持っていくと10万円弱。すばらしいけどそんなに高価なものを、一般の人がいったいいくつ買えるのでしょうか」
―セレブ狙いだったということは。
「だとするなら、セレブに買ってもらうようなブランディングが必要でしょう。それにあまりに和的なので数個はアクセントとして買ってもらえるかもしれないけど、果たして1000個売れるだろうか?帯で作ったテーブルセンターもきれいだけど、欧州人のライフスタイルの中で、一般的なアイテムとも思えない。陶磁器にしても同じことが言えます。今自分が持っているテーブルウェアとうまく合わせて使えるものを買いたいけど、あまり和的なものはたくさんはいらないというのが本音でしょう。」
―では、そこから方向転換を?
「はい。クッションカバーでも稼ぎたいならBtoBのホテルに売るべきだと思いました。他方、リバティからソファの張地にしたいという引き合いがあったので、インテリア素材の出口がいけるのではないかと考えたのです。」
―店舗等のインテリアなどでしょうか。
「そうです。欧米は日本のようにどんどん新しい建築物を建てるのではなく、一度建てたものをリノベーションします。ですから、内装設計が盛んなのです。西陣織は既に京都のホテルの部屋の壁に採用されていましたし、商業スペースのインテリア素材に可能性があるのではないかと。ブランディングもできて一石二鳥ですし。」
―なるほど。そのチャンスは、フランスの展示会に出展していたのでは得難いことだったのですか?
「内装設計は、大きなファームがあるところが有利。パリより、それはNYかロンドンかシンガポールです。そこで出口を変え、NYで毎年開催されている世界的なインテリア・家具見本市『ICFF』のジェトロブースに出展してもらいました。これが大きな転機になりました」
*1
フランス・パリで年2回開催される世界最高峰のインテリア・デザインの総合見本市「MAISON&OBJET(メゾン・エ・オブジェ)」。世界中のデザインが集まり先端のトレンドが発信され、インテリア業界の「パリコレ」とも呼称される、。ドイツ・フランクフルトの「Ambiente (アンビエンテ)」とくらべて、デザインで魅せることに重きが置かれ、ブランド発信に適していると言われる。小規模なインテリアショップの経営者やデザイナーの来場が多い。
MAISON&OBJET
フランス・パリ
開催:毎年1月、9月
http://www.maison-objet.com/en/paris
*2
ニューヨークで開かれる北米最大規模の家具・インテリア見本市。世界各国の企業がデザイン性の高い商品を展示することから、情報発信力の高い見本市として有名。年1回開催。
ICFF
アメリカ・ニューヨーク
開催:毎年5月
http://www.icff.com/
Paragraph 04
―フランスではなく、アメリカに行ったと。
「はい。そこで、ピーター・マリノという世界的な建築家が代表を務める内装設計の会社、世界の4本指に入るような会社ですけれど、そこに声をかけられた。丁度ディオールの旗艦店をリニューアルする時期で、今までにないような内装材を探しておられた。」
―世界的な目利きの目に留まったのですね。
「そこからの、細尾さんの対応は、実に見事でした。ピーター・マリノが鉄が溶けたようなテンポラリーな表情のテキスタイル、といえば2,3週間で数種類織ってNYまでプレゼンに出かけ、その時また新たなリクエストが出ればそれに応じ2週間で仕上げて送り届け、採用を勝ち取ったわけです。そこから、世界のディオールの旗艦店、ビッグブランドの店舗の壁を次々飾るまでになった。世界の発注に対応できるよう高額な広幅の織機を次々導入し、今や、ルイヴィトン、エルメスなどのビッグブランドとビジネスするようになった」
*1
ニューヨークを拠点に活動する有名建築家。世界各地の高級ブランドの店舗やホテル、著名人の自宅などの設計を手がける。日本では、東京・銀座にある「クリスチャン・ディオール」の店舗設計が有名。
Peter Marino Architect
Paragraph 05
―実にスピーディな展開ですね。
「ここにはいくつもキーポイントがあって、まずは英語。コミュニケーション力は必須です。でもこれは通訳や誰かに助けてもらうことができます。それよりも大事なのは、パッションとスピード、そして適応力です。細尾社長は私のところにいらした時、「織物のフェラーリになりたい」とおっしゃった。そのためには、たくさんの人に会いネットワークを広げ、どの意見をくみ取るかを見極め、思い切った投資もして、相手のニーズに応えるために、自分が変わってきた。社内でもご子息の専務に海外部門をまかせ、人材も育成してきた。
進化論のダーウィンはこう言っています。『強い者が生き残ったのではなく、変化に対応した者だけが生き残ってきたのだ』と」
―ビジネスの世界も同じであると。
「はい。細尾さんは一例ですが、いいものを妥当な金額で、あるいは高くても相応のブランディングで、相手が求めるものにいかに早く対応していくかというのが大事なのです。日本人の場合は、展示会に出て、高揚感いっぱいで、ほめられて、引き合いもきて、でもそこで落ち着いてしまいレスポンスが遅くなる、というのが往々にしてあるのです。または作り込みすぎて、対応が遅れるとか」
―あるんでしょうね。
「その市場に売りたいのなら、どんな形でもいいから現地に商品があることも重要なポイントです。売り込みたい市場に商品を置いてもらう、それを見てもらって、商談を広げていく。取り込んでもらう工夫をしなくちゃ、ものなんて売れませんよ」
―世界は待ってくれないと。
「ええ。考えてみて欲しいのですが、アート作品でなければ、代替物がいくらでもあるなかで、わざわざ日本のレスポンスの遅い人たちを待ってくれるでしょうか。それは、まったく普通のビジネスと同じで、展示会で海外ビジネスをやっているという特殊性はありません。常に競争のなかで、自分を差別化して、いち早くそれを適正価格で売る。ビジネスとは、そういう作業の繰り返しです」
Paragraph 06
―ただ、代替物があるとは言っても、日本の伝統はほかの国に真似できるものではありませんよね。
「もちろんそうです。日本勢にはまだチャンスがあります。グッチやディオール、エルメスなどの世界的ブランドのバイヤーが毎年のように来日しているのは、日本のデザインやものづくりに注目しているからです。伝統的なものから、カワイイもの、アニメや漫画のようなポップカルチュアまで幅広いコンテンツもある。彼らはヨーロッパのデザインは熟知しているけれど、もはやそこにはアメイジングなサプライズがないと考えている。では、成熟したデザインやものづくりがどこにあるか。それは、日本なのです」
―だからこそ、変化を恐れず、世界に適応する努力をすべきという。
「過去や現状に固執することは、ビジネスをする上で賢いとは言えません。世界を目指すのであれば、経験者の話やネットワークからどのような攻め方がよいのか戦略を決める。ちょっとしたチャンスも見逃さず、スピーディに動く。実践する過程での気づきやネットワークを大事にし、ニーズをつかむ。ときには自分をも変化させて、これだと思う道に戦略的に突き進む必要があります。迷っている暇はありません。失敗を重ねながらでも、チャレンジし続けなければいけないのです」
TEXT:根岸達朗
PHOTO:岩本良介