2016.07.24
自動車部品加工技術を応用した「バー・ツール」が世界を駆ける【前編】
業界のマーケティングに長けたクリエイティブ・ディレクターが支援
金属研磨技術を応用し、画期的なバー・ツールを開発した自動車部品加工メーカー。海外販路開拓のプロデューサーとして協力を求めたのは、酒類業界に強力なリレーションを持つクリエイティブディレクター。海外進出の桧舞台に選んだのは、バーテンダーの世界大会だった……。
2016.07.24
業界のマーケティングに長けたクリエイティブ・ディレクターが支援
金属研磨技術を応用し、画期的なバー・ツールを開発した自動車部品加工メーカー。海外販路開拓のプロデューサーとして協力を求めたのは、酒類業界に強力なリレーションを持つクリエイティブディレクター。海外進出の桧舞台に選んだのは、バーテンダーの世界大会だった……。
株式会社ティー・ワイ・エー クリエイティブ・ディレクター。コロンビア人の両親のもと、ニューヨークに生まれ、東京に20年以上在住。広告業において豊富な経験をもち、数々の企業の海外ブランディングに貢献。
Paragraph 01
1951年、トタン板専門店として創業した愛知県豊田市の自動車部品メーカー、横山興業株式会社。高度成長期の勢いに乗り、建材事業から自動車部品事業へと領域を拡大していった。中でも会社の根幹を担う事業は、自動車用プレス部品加工だ。豊田市はトヨタに代表されるように、言わずと知れた自動車産業の街。トヨタが求める水準にかなう、高品質な部品を生み出そうと「カイゼン」し続け、今や世界に誇る高い技術を身につけたのだった。
ブランドマネージャーの横山哲也さんは、東京でWebデザイナーとして働いた後、2011年に父親が経営する横山興業へ入社。タイでの海外事業所立ち上げに関わるなど、自動車部品事業に携わってきた。そのなかで芽生えてきたのは、海外市場との価格競争に巻き込まれることへの危機感、そして会社の柱となりうるような新規事業への意欲だった。横山さんは商品企画室を設立。会社の有する技術を活用し、新たな商品の開発に乗り出した。
横山さんが着目したのは、自動車部品の研磨技術。0.1ミクロンレベルに及ぶ高精度の金属研磨加工は、金属と他の物質との摩擦を減らし、発熱や酸化による劣化を防ぐことができる。その考えを応用したのが今までにないバー・ツール「BIRDY.」だ。たとえば、カクテルシェーカー。一般的なシェーカーの内部は、微細なノコギリ状の傷があり、カクテルをシェイクする際に氷や素材へ必要以上にダメージを与えてしまう。それを自社の独自技術によって研磨するとともに、絶妙な凹凸を残すことで、細やかな泡を生み、アルコールや果汁などの風味を最大限に引き出した。また、内部に対流を生む研磨手法と、なめらかなシルエットデザインは、見た目の美しさのみならず、すべては「極上の一杯を作り出す」ことに機能している。横山さんが周りの職人たちやバーテンダーたちの協力のもと、開発したのが「BIRDY.」だった。
*1
昭和26年創業。トヨタ自動車本社の近くに工場を構える、自動車部品メーカーの金属研磨をほどこす。
横山興業株式会社
日本・愛知
住所::愛知県豊田市大見町1-61
TEL 0565-58-5558
http://birdy.jp.net/
Paragraph 02
東京、シンガポール、香港、ベトナムに拠点を持つクリエイティブエージェンシー・TYAのクリエイティブディレクターを務めるアンドレス・ロペスさん。彼がBIRDY.と出会ったのは、とあるコンペティションの関連イベントだった。
バーテンダーの世界大会「ワールドクラス」。2016年現在では54カ国で予選が開催され、トータルで約2万人が参加するコンペでは、多くのバーテンダーがテクニックを披露し、しのぎを削る。また、その関連イベントには世界のスター・バーテンダーが登場し、彼らの美学や技術論を語るのだ。
アンドレスさんは初回の2009年から「ワールドクラスジャパン」の企画運営を担当してきた。
「講師の招聘も私が行っているのですが、スター・バーテンダーたちはこぞって日本に来たがるのです。なぜなら、日本には独自の『バー文化』があるから。海外ではセンスやクリエイティビティさえあれば、ものの数カ月でスターダムにのし上がることもありますが、日本はいわゆる職人の世界。『3年かけてやっとシェーカーを持たせてもらった』なんてことも少なくない。それだけ、基本的なことを重視し、師匠のもとでしっかりと技術を磨くため、ハイレベルな日本のバーに定評があるのです。また、日本製のバー・ツールへの評価も非常に高い。来日するたびにツールを買って帰るバーテンダーも多いです」。
そこに目をつけ、アンドレスさんが企画するセミナーのたびに足繁く通っていたのが、横山さんだった。
「彼はセミナーに集まっているバーテンダーたちにBIRDY.の良さをプレゼンしにやってきていたのです。『営業』ですね(笑)。あまりに彼の姿をよく見るものだから、『あぁ、またやってきた』と横目で眺めていたものです。彼も『アンドレスさん! 講師の〇〇さんにこのBIRDY.をプレゼントしたいんです!』なんて調子ですから。あるとき、彼が『ちょっと、1分だけ!』と僕を呼ぶので、話を聞いてみたら、思いがけない誘いでした。『MORE THANプロジェクトに挑戦したいから、協力してもらえませんか?』と言うんです」。
BIRDY.の海外進出は、横山さんが開発当初から目論んでいたことだった。
アンドレスさんは学生のころ、バーテンダーとしてアルバイトをしていた経験があり、社内のリフレッシュブースには、専用のバーカウンターがあるほどのお酒好き。
長年、酒類メーカーをクライアントに持ち、専門誌でカクテルのレシピ考案も行っている。
「クリエイティブに関わる以上、やはり『モノづくり』には興味がありました。横山さんは、僕と酒類業界、そしてスター・バーテンダーとのリレーションシップや、クリエイティブディレクターとしての知見と経験買ってくれたのでしょう。確かに、BIRDY.が素晴らしいのはわかったし、MORE THANプロジェクトも興味深かった。それで、BIRDY.に関わることにしたんです」
Paragraph 03
アンドレスさんが手はじめにとりかかったのは、MORE THANプロジェクトへの採択に向けてのプレゼンだった。
「当初、横山さんが行ったプレゼンは、『どれほどBIRDY.の技術が優れているか』を伝えるもの。0.1ミクロンレベルの研磨技術や、上質なカクテルを生み出す構造などにフォーカスしていました。けれども審査員たちの感触はあまり芳しいものではなく……『ちょっと、私からいいですか?』と一気にマーケティング的な話へ持っていったんです」。
アンドレスさんが強調したのは、世界のバー業界における、日本の優位性だ。
「先ほどお話しした通り、業界内で日本のバーテンダー、ならびにバー・ツールへの評価は非常に高い。そして、世界各地にバーテンダーがいて、マーケットにも期待できる。にもかかわらず、この50年ほど、バー・ツールに大きな変化はないんです。せいぜい、安いか高いか、くらい。そこにBIRDY.が打って出ることによるインパクトは非常に大きい。もちろん、価格帯としては決して安いものではない。けれども、BIRDY.には価格への妥当な理由がありますし、それをわかってもらえれば、受け入れられるだろうという確信がありました」。
プレゼンのラスト3分で「BIRDY.が世界市場に求められている可能性」を熱弁。見事、BIRDY.はMORE THANプロジェクトに採択された。
Paragraph 04
2014年8月、イギリス・ロンドン。「ワールドクラス世界大会」に、世界中のトップバーテンダーと業界のインフルエンサーが集まっていた。
海外での販売において、ブランドの認知度が鍵をにぎることを知るアンドレスさんは、ここを最初のブランド認知を上げるための絶好の機会と考えていた。
10日間のイベント最終日のアワードセレモニー直後のパーティー中に、アンドレスさんは、6人の歴代チャンピオンにシェーカーをプレゼントすることに成功、会場のバーで全員が揃って使ってもらったのだ。狙いは的中、そのシーンは注目を集め、フリーのパブリシティになった。
また、6人の歴代チャンピオンは、皆それぞれの国(ギリシャ、UK、日本、オーストラリア、スペイン、アメリカ)の代表としてシェーカーを持ち帰り使ってもらえるはずだ。そこでさらにブランド価値が上がる。
アンドレスさんの行動力が起こした「世界デビュー」は、このうえない晴れ舞台となったのである。
海外でのプロモーション戦略はこれにとどまらない。彼にはMORE THANプロジェクトのプレゼンのときから、とある腹案があったーー。