2016.07.25
自動車部品加工技術を応用した「バー・ツール」が世界を駆ける【後編】
インフルエンサーを起用したブランディングで一気にPR
プロジェクトマネージャーのアンドレスさんが当初から目論んでいたのは、業界のインフルエンサーを起用したブランディングだった。SNSでのブーストを得て、BIRDY. by Erik Lorinczの海外進出はスタートダッシュを図る……。
2016.07.25
インフルエンサーを起用したブランディングで一気にPR
プロジェクトマネージャーのアンドレスさんが当初から目論んでいたのは、業界のインフルエンサーを起用したブランディングだった。SNSでのブーストを得て、BIRDY. by Erik Lorinczの海外進出はスタートダッシュを図る……。
株式会社ティー・ワイ・エー クリエイティブ・ディレクター。コロンビア人の両親のもと、ニューヨークに生まれ、東京に20年以上在住。広告業において豊富な経験をもち、数々の企業の海外ブランディングに貢献。
Paragraph 01
IRDY.のプロジェクトマネージャー、アンドレス・ロペスさんがMORE THAN プロジェクトにおいて当初から抱いていた危機感……それは、「1年」という限られた時間に対するものだった。
「海外戦略を考えるうえで、ありがちなのは『Webサイトを英語化する』『英語でSNSアカウントを運用する』『口コミ』……10年かけて、少しずつ開拓していくのならまだしも、私たちに与えられた時間では期待するような結果は得られない。スピードが必要だったんです」
彼が「ブースター」として目をつけていたのは、エリック・ロレンツ。
ロンドンの名門ホテル、サヴォイにあるアメリカン・バーでヘッド・バーテンダーを務め、2010年のワールドクラスではチャンピオンに輝いた。Facebookとinstagramのフォロワー数はそれぞれ1万人を超えるインフルエンサーだ。
「もともとエリックは日本好きで、銀座の有名なバーに2カ月ほど弟子入りしていたほど。彼の繊細なスタイルはすごく日本から影響を受けています。そんな彼から同じころ、『日本でバー・ツールを作りたい』と相談を受けていたんです。ただ、彼がBIRDY.を気にいるかどうかは、話してみないとわからない。そこで彼を日本に呼び、横山さんとのミーティングを設定しました」
アンドレスさんが危惧していたのは「ただ名前を借りる」ことになるような事態だった。
「もしコラボの可能性があるなら、BIRDY.というブランドにエリックの名を入れなくては意味がない。けれども名を冠す以上、本当に彼自身が情熱を持っていなければならないと思ったんです」。
ミーティングで、アンドレスさんはあくまで中立的な立場に徹し、横山さんとエリックさんのやり取りを通訳しながら、ビジネスの行方を見守った。結果は交渉成立。海外向けのブランドカテゴリーとして、「BIRDY. by Erik Lorincz」が誕生した。
アンドレスさんの思惑通り、エリックさんはBIRDY. by Erik Lorinczにシグネチャーを入れるだけでなく、より良いものにしようと積極的にアイデアを出してきた。
カクテルシェーカーは、日本モデルよりも少し厚みを持たせ、重量を増したほうがいいとのアドバイスだった。日本のオーセンティックバーでは、ゆっくりした時間が流れ、オーダーから手元に届くまで時間がかかることも珍しくない。けれども海外のバーではスピード勝負。たとえ日本と同じ席数であっても、実際に提供される数には大きな差がある。スピーディにたくさんのカクテルを一気に作らなければならないのだ。
もちろん、そのなかでもクオリティの高いものを提供しなければならない。
タフさとテクニックが要求される現場でしっくりくるのは、適度な重さがあり、アグレッシブな動きにも対応できるようなモデルだった。
Paragraph 02
次に照準を合わせたのは、10月にベルリンで開催される「バー・コンベント・ベルリン(BCB)」。2007年からスタートしたヨーロッパ最大級のバー・アルコール見本市で、約200社の出展と、1万人を超える来場者が集まる。そこでBIRDY. by Erik Lorinczをお披露目するのだ。
新たなパッケージデザインやエリックさんのイメージ撮影、英語版パンフレット、オリジナルカクテルの創作など、短い期間で準備を進めていった。
「やはり伝え方は日本と海外とで異なります。日本では『優れた技術』や『作り手の想い』など、メーカーの背景を伝えるもの。けれども海外では『製品によって得られる効果』など、いかにユーザーにメリットがあるかどうかを明確にしたほうがいい。実際、海外のとあるアドバイザーから言われたのです。『自動車部品のメーカーであることは、特に出さないほうがいい。カクテルの美味しさとはあまりイメージが結びつかないから』と。けれども横山さんと議論して、そこは出していこうと決めました。やはり事実ですし、意外性があっておもしろい。高性能なブランドイメージも出せると思ったのです」
BCBではBIRDY. by Erik Lorincz単独の販売ブースを出展し、アンドレスさんと横山さん、そして英語とドイツ語を話せる現地スタッフの3名で来場者対応を行った。
当初はエリックさんも同席する予定だったが、スケジュールの都合上でキャンセル。けれども彼のSNSでBIRDY. By Erik Lorinczのローンチを発表したことで、来場者の促進につながった。
「ベルリンには初めて訪れたのですが、スコットランドやブラジル、ドバイなどさまざまな国の友人が来てくれました。街のバーではBCBに合わせてイベントが行われていて、バーテンダーたちは最先端のトレンドを学ぶために顔を出すんです。『これだけバーのコミュニティはつながりが深いんだ』と横山さんも驚いていたようです」
アンドレスさんの知人を介し、現地のリサーチ会社を選定。ブースの来場者を「販売代理店希望者」「店舗経営者」「バーテンダー」などに分け、アンケートを取った。
「バーテンダーからは「すごくかっこいいけど、少し価格が高い」との声も聞かれたが、販売代理店からは『高価だが、これだけの品質なら納得できる』と好感触を得ました。それは大きな自信になりましたね」。
100以上の貴重な意見と、今後の取引も期待できそうなリストを手に入れ、上々な滑り出しとなった。
*1
「バーテンダーのクリスマス」と言われる2007年に始まった欧州最大級のバー・アルコール見本市。世界中の専門家、オピニオンリーダーが集結し、パネルディスカッションや試飲など多彩なプログラムが展開される。多くのデモンストレーション・バーが展開されるのも特徴。
BAR CONVENT BERLIN
ドイツ・ベルリン
会場:Station Berlin
開会:毎年10月
https://www.barconvent.com/
Paragraph 03
BCBから1カ月を経て、最初に取引がはじまったのはドイツのオンライン販売代理店「Cocktailian(カクテリアン)」だった。BCBで社長と直接話せたことで、十分に商品の良さを理解してもらったことも大きく寄与していた。
「持ち込んでいたサンプルを『全部買い取りたいくらい』の勢いで気に入ってもらったんです。『当社の独占で販売できないか』という提案もありました。結果的に彼らがヨーロッパにおける第1販売代理店になったことで、以降のパートナー探しにもプラスになりました。彼らは業界誌「Mixology(ミクソロジー)」を発行していて、タダでBIRDY. by Erik Lorinczの紹介記事を掲載してくれたのです」
厳しい品質・実用性テストを行なう豪州のバー・ツール専門EC「barGEEK」でも取り扱う
海外での販売代理店は基本的にオンラインショップに絞り、現在8つの代理店経由で11カ国以上において販売を行っている。
「職人さんたちの手作業で作っているので、大量生産ができないぶん、ある程度販売ルートを絞らなければなりません。申し出の半分以上はお断りをしています。パートナーを選ぶ基準はとにかく『信用に足るところ』かどうか。そこが取り扱っている商材をチェックして、コピー商品や粗悪な商品を取り扱っているようなところには、いくら請われても売らないこと。そして価格競争にならないように、原則、1カ国につき1社とすること。マメにコミュニケーションが取れ、きちんとブランドを理解し、守ってくれる会社であること。実に基本的なことです」
唯一、海外でのオフライン販売ルートは、エリックさんが働くアメリカン・バーだ。彼自身がディストリビューターとなって販売している。
「彼はセレブバーテンダーですから、彼に会いに来られるお客さまが大勢いらっしゃいます。彼のカクテルを飲み、シグネチャーモデルを購入し、彼にサインしてもらえば、お客さまもハッピーですよね(笑)」
*1
プロフェッショナル向けのバー・ツールのEC「Cocktailian」を運営。バー関連のコンサルティングやマーケティングなども行なう専門会社。
Barworkz/Cocktailian
https://www.cocktailian.de/
*2
オーストラリアとニュージーランドを拠点にプロ向けのバーツールのECを運営する。すべての取扱商品において品質と実用性のテストを行なうことをポリシーとする。
barGEEK
http://www.bargeek.com.au/
Paragraph 04
カクテルシェーカーとミキシングティンの2モデルでスタートしたBIRDY.だが、エリックさんのアイデアを形にしたストレーナーやバースプーン、「バーボンカラー」という名のゴールドモデルなど新商品も加え、全8種類の商品を販売している。
プロジェクトを通して販売代理店との交渉やPR企画、商品開発など多岐にわたる領域を担ってきたアンドレスさんだが、現在は横山興業が直接やりとりするようになっている。
「どうしても日本人は『信用』を前提とし、契約そのものに嫌悪感がある気がします。けれども海外はやはり『契約』が前提なんです。契約はあくまで自分を守るためのもの。そういう文化なのです。あとは海外とのやりとりを進めるうえでは、『現地に詳しい日本人』よりも『日本語のわかる現地人』を選んだほうが、うまくいく確率は上がると思います。ビジネスを成功させる秘訣は『遠慮しあう』のではなく、『ストレートに伝えること』です。心で判断するのではなく、頭で冷静に判断すべきです」
BIRDY.の場合、結果的に国内モデルと海外向けモデルを分けることになったが、基本的には「ローカライズすること」には反対の立場なのだという。
「よく『国によってマーケットは違う』というけれど、それはあくまで枝葉の部分。商品にステータスがあれば売れるんです。日本のハイクオリティなモノづくり技術は確かなのだから、それを変える必要はない。ただ、『いいモノさえ作れば売れる』というのは間違いで、それを『どう伝えるのか』といったコミュニケーションの戦略や戦術、ブランドの世界観を作るブランドマナー、デザインなど『ソフト』の部分は変えたほうがいい。素晴らしい『ハード』を売るために、『ソフト』をよく検討するということですね」
BIRDY.のプロジェクトは、確かな技術を持った横山興業と、新規事業に可能性をかけた横山さん、そしてターゲット市場における戦略的活動に長けたアンドレスさんが出会い、業界を巻き込んだことで確かな成果を残すことができた。
「信頼」という関係性は、一朝一夕に築けるものではない。商品開発や販売の経験がなくとも、そこに「賭けた」横山さんの審美眼は確かだった。
「商品開発して、海外に乗り込んで、英語で営業して、交渉して……意外と営業に向いているんだなと思いましたよ」とアンドレスさんは笑った。
TEXT:大矢幸世