2016.07.25
日本の伝統工芸をシンガポールデザインで。複数対複数で世界を広げていく【前編】
現地デザイン界のキーマンとの思いがけない出会いがブレイクスルーに
ジャンルも産地も異なるメーカーが集い、時に知見を共有しながら、海外を目指す。
そんなコンソーシアム、果たして何がいいのか。シンガポールでの成功例を追った。
2016.07.25
現地デザイン界のキーマンとの思いがけない出会いがブレイクスルーに
ジャンルも産地も異なるメーカーが集い、時に知見を共有しながら、海外を目指す。
そんなコンソーシアム、果たして何がいいのか。シンガポールでの成功例を追った。
KCmitF代表
様々な業種でのMDを経て、オンラインセレクトショップSTYLE STOREのMDとして日本各地のものづくり企業の高付加価値商品の販売に尽力。現在は日本のものづくりの海外進出を、現地クリエーターと繋げるコラボレーションでサポート。
Paragraph 01
大谷啓介さんの仕事のやり方は独特だ。
キハラ(有田焼)、マルジュー(綿織物)、能作(高岡鋳物)、松徳硝子(吹きガラス)などの日本側のメーカーを複数抱え、今はおもにシンガポールとやり取りをしている。しかもシンガポール側でこのプロジェクトに携わるデザイナーは累計でおおよそ100人以上。
いったいどういう仕組みになっていて、何を狙っているのか。
そもそものスタートは2009年までさかのぼることになる。大谷さんはもともとバイヤーであり、MDとして仕事をしていた。前職はインターネットでの高付加価値商品の通販事業も手掛ける会社。おおよそ500社の商材を扱うだけでなく、別注の商品なども作っていた。
「僕は実際売り場に立った経験もありますし、商品を仕入れて展開していくということもしていました。どういうパターンに入ると人が物を買うかというのは、それなりの経験値として持っていましたが、そこで“海外”は突き詰めきれていなかった。実際、メーカーさんがどういうふうに進出していくかもよくわかっていなかったので、僕はこういう事業をスタートしようと考えたんです」
今でこそ日本のメーカーが海外進出するという発想は、ごく一般的になったが、当時は、まだまだ。とくに企業の外部でそれをサポートするような機能はあまりなかった。2007年から経済産業省は補助事業として生活関連産業ブランド育成事業「ソーゾーコム」を展開。日本の生活関連製品の海外への販路開拓支援を行ってきた。
2009年、大谷さんはドイツ・フランクフルトの見本市「アンビエンテ」に取材という名目で参加し、バイイングに立ち会ったという。ブースに立ち、バイヤーや出展者に話を聞き、当時出展されていた日本のメーカーの海外向け製品と、バイヤーの意識の間にギャップがあることに気づいた。
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国際色豊かなビジネスの場となる世界最大級の国際消費財見本市「アンビエンテ」
ドイツ・フランクフルトで年2回開催される世界最大級の国際消費財見本市「Ambiente(アンビエンテ)」。パリの「MAISON&OBJET(メゾン・エ・オブジェ)」と比較し、百貨店や大手チェーン、卸売業者やディストリビューターのバイヤーの来訪が多い。
そのため「ビジネスの場」という特色が強く、商談に適していると言われる。
Ambiente
ドイツ・フランクフルト
開催:毎年2月、8月
http://ambiente.messefrankfurt.com/frankfurt/en/aussteller/willkommen.html
Paragraph 02
そこから3年。
「自分に何ができるのか。従来のやり方だと、現地のことを知らないままなんとなく日本から作って持って行き、現地の展示会でたまたま好みの会う人がいれば売れるという流れだったんです。このアプローチでは早々に限界がきます。物珍しくて注文はくるけど、1〜2年で途切れるのは当たり前。仮に途切れたとして、そこから先をトレースする手段がない。先方がなぜオーダーしなくなったのかも聞けないし。その効率の悪さを実感していたんです。で、企業のサイズでできることとできないことを考え、ひとまず展示会に縛られず売ってみるというイベント「Made in Japan シンガポールチャレンジ」を開催したんです」
この時参加したのは12社。うち約7割は大谷さんの前職がらみからの参加。まずは「やってみること」にプライオリティを置いて、「やってみたい」と手を挙げたメーカーを、一切スクリーニングをかけることなく採用。この時、大谷さんに海外で何かを売ったという経験はまったくなかった。ないながらに「現地の人の意見を踏まえたものづくりが必要」という仮説は持っていた。そのなかで、「何が通用して何が通用しないか」「通用しない部分を解決できるパートナーをどう探すか」を検証することが大きな目的だった。が、結果的にはこのイベントで、今日まで……というか、シンガポールのみならず、世界を股にかけるパートナーに出会うことになるのである。
しかもそれはあくまでも偶然、っていう。
パートナーとは、シンガポールで日本のアイテムも扱う『スーパーママ』というショップを経営していたエドウィン・ロウさん。シンガポールでは名の知れたクリエイティブディレクターだった。
彼のショップでは日本のイケてる商品を仕入れて販売していたが、当然、正規ルートゆえ、いくつかの中間マージンが発生し、彼が売る段階ではなかなかのハイプライスになっていたという。それが、大谷さんのイベントではメーカー→大谷さんという直販スタイル。
「なんでお前はこんなに安く日本のものを売れるんだ!」と、まずエドウィンさんがピンときたのは値段の件だった。シンガポールにおけるメイド・イン・ジャパンは、いわば嗜好品。買う層は価格に対してコンシャスなのだということを聞いた。流通のバリューチェーンにも新しいやり方の可能性を見ていた大谷さん、小売でその価格が実現できるなら売れるのではないか、とも考えた。
実はこの時点で、持ってきた商品はまったく売れていなかった。イベントを開いた居場所に問題があるのではないか、と大谷さん考えていた。この時にはシンガポール在住十数年という邦人をコーディネーターに立てていたが、場所を変えれば売れるかもしれないという予感もあった。
「スーパーママ」は現在シンガポールに4店舗を構える。写真は芸術文化エリア、ギルマンバラックの店舗
Paragraph 03
で、持ってきた商品の一部をエドウィンさんのショップに預けることを決断。
そもそもそのイベントでは、現地コーディネーターを在住歴の長い邦人に依頼していた。が、日本人コミュニティのなかだけで活動している人や短期的な商売を重視している人には、つまるところ現地の人の気持ちはつかみきれないということも感じた。なぜなら、同じ価格設定の同じ商品を『スーパーママ』においたところ、飛ぶように売れたから。それを受けて、エドウィンさんの側からあるアプローチがあったという。
「“俺たち、実はデザイナーなんだけど、うちでデザインしたものとかも作れるの?”って。時系列でいうと僕らのイベントが2012年の11月。在庫をエドウィンのところに移動して売り始めたのが12月。2013年3月に展示会だと。その時点では、単にたまたま会った人のところに試験的に商品を置いただけで、商取引は一切発生していないんですよ。そんな相手からいきなりオリジナル商品の開発依頼って……日本の企業さんはほとんどノーですよね」
でも、YESというメーカーがあったのだ。
その時参加していた有田焼のキハラは過去何度かの海外展示会出展の経験を踏まえ、OEMのレギュレーションをきちんと作っていた。「それに則ることができるならYES」という返事を得て、エドウィンさん、いたく感激したという。そして彼の率いる『スーパーママ』は、大谷さんを介して日本の有田焼との初めてのコラボを実現。3月の展示会では売れに売れたという。
「スーパーママ」と有田焼・キハラのコラボプロジェクトは、シンガポールの権威あるデザイン賞「PRESIDENT’S DESIGN AWARD」を受賞
それが、2015年のシンガポール建国50周年に合わせた、新たなプロジェクトにつながっていくことになるのだが、そもそも大谷さんはなぜエドウィンさんと組むことにしたのだろう。奇しくも大谷さん自身が「単にたまたま会った人」「商取引は一切発生していない」と述べている。当時、大谷さんはシンガポールに詳しいわけでもなかった……。
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有田焼・波佐見焼400年の伝統産業、伝統技術を未来につなぐ、やきものの商社
1616年、日本で初めて磁器生産を始めた有田。株式会社キハラは、有田焼・波佐見焼の産地商社として商品開発、OEM、卸、販売を展開。400年の伝統技術を活かし、現代のライフスタイルに合わせた、ものづくりを行っている。国内外の企業やクリエイターとのコラボレーションも積極展開、シンガポールの「スーパーママ」とのコラボレーション商品は、ヒット商品となっている。
株式会社キハラ
日本・佐賀
住所:佐賀県西松浦郡有田町赤坂丙2351-169 有田焼卸団地内
TEL 0955-43-2325
FAX 0955-43-2677
http://e-kihara.co.jp/
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アワード
シンガポールで最も権威あるデザイン賞
2006年の創立されたシンガポールで最も権威あるデザイン賞「PRESIDENT’S DESIGN AWARD(プレジデント・デザインアワード)」。シンガポールおよびグローバルな生活に影響を与えたデザインを表彰。審査員はシンガポール以外からも、イギリス、タイ、中国、ドイツなど各国から参加する。
PRESIDENT’S DESIGN AWARD
実施:毎年
https://www.designsingapore.org/PDA_PUBLIC/content.aspx?sid=4
Paragraph 04
「話してみると価値観が近かったんです。彼はシンガポールでのデザイン産業を100年続くものとして育てていきたいと言いました。彼自身はデザイナーですが、エデュケーターとして小売のフィールドがない限り後進は育てられないと。その考え方が非常に理解できたんです。僕のほうは、日本の職人の技をサバイブさせるために、売っていく必要があると考えていました。現状だと飽和して、先は明るくありません。売る先は海外で、そのためにはチューニングしてくれる人間が必要だったんです」
利害が見事に一致したのだ。とはいえ、もちろんそうした理想論だけで決めたわけではない。「だいたいは話を聞くなり、相手の拠点を見せてもらうことでわかる」と大谷さんは言う。ただ、エドウィンさんとの最初の時は、かなり慎重に立ち回った。
「最初は僕も自分でリスクを負わないといけないので。すべての情報をエドウィン経由でもらうのは単視眼的になり危険だと思っていましたし、エドウィンのコミュニティだけからは得られない類の情報もあります。だから僕は僕で現地での情報アップデートは独自にしていました。まだネットワークもないなかで知り合った人にできるだけヒアリングしたりして、複数の情報を照らし合わせて確認する。狭い国なので、僕が誰かに会ってるということはすぐ伝わるんです。それを隠すとエドウィンとの間の信頼関係が損なわれる恐れがあるので、頻度はそこそこにしながらも“会ってることは伝える”というスタンスで行きました」
これが知られることで、実はエドウィンさんに対してプレッシャーも自然とかかる、という作戦。大谷さんが同じような業界関係者と接触しているというのはつまり、そちらに乗り換える可能性を示唆することになる。エドウィンさんも大谷さんを見極めつつ有用であれば手放さないように動いたり考えたりする。
「別の誰かと組まれるぐらいなら、多少無理してでも日本のOEMを発注しとこう、みたいなことも起こりうるわけです(笑)。こちらとしても、同じ予算を本気度の低いメーカーや中国に投げられることを防ぐ手になる。今は完全にビジネスパートナーになっているので、そういう活動は意識してはしていなくて、月1ペースで面と向かって話せる機会を持つようにしています。SNSとかスカイプでのコミュニケーションは、ほぼ毎日」
Paragraph 05
かくして大谷さんが日本側のメーカーをまとめ、エドウィンさんが素材に合わせてシンガポールのデザイナーをアサインするという、二つのハブでやりとりしながら2015を目指すプロジェクトが始まった。結果、ひとつのメーカーに対して、複数のシンガポール人デザイナーが携わることになった。
「企画は基本、現地に委ねます。僕はこういうところと繋がれている、こんなメーカーがあるという背景を全部示す。それを見てエドウィンのほうで、“うちのこのデザイナーはあのメーカーとこんな製品を作れそうだ”と提案してくれる。逆に新たに進出したいメーカーさんがあれば、こちらからエドウィンにプレゼンすることもあります」
プロジェクトを進めていくなか、参加メーカーによるセミナーや工場視察、現地でのワークショップなどを開催、エドウィンさんはもとよりデザイナーを招いたりもした。
「売れるものを作るには、そのものがなぜどうやって誰にどんなふうに作られてるかを知る必要があります。それらを踏まえたうえでシンガポールの市場にフィットするデザインに落としこんでいったほうが絶対にいい。デザイナーを産地に呼ぶ際には、“その素材でこういうものを作りたい”って決めてきている人が最優先です。なかにはとり合えず見学に来る人もいますが、見るポイントがまったく違うし、結果、どんなものができあがるかにも差がつきます。できるだけ多くの人に見てもらいたいとは思うんですが、スクリーニングはもう一段かけた方が成果につながるとおもいます。ただ面白いもので職人さんのモチベーションも上がるんですよね。“俺たちの作ってるものでこんなに喜んでもらえるのか!”って。そこもまた、完成品のクオリティの差として出てきたり」
他にも、現場を見たり作り手と触れ合ったりすることにはメリットがいっぱいあるという。数値化されるものではないけれど、職人さんの熱意を直接見て聞いて、デザイナーのモチベーションが上がったり、新しいデザイナーを招くPRとして機能したり、現地で開くワークショップに関しては、日本のメーカーに対して“日本のものづくりを海外に伝える”という実績にもなる。複数のメーカーが参加するセミナーでは、他者のどんな製品が人気を集めているかを知ることができ、メーカーにも新たな知見が生まれる。これは素材メーカーとデザイン、1対1でのやり取りでは決して生まれてこない。そして、見学や体験だけでなく、ものづくりの現場の魅力を伝えるためにシンガポールから撮影クルーを招いた。
それで大谷さん、こうした事業を行ううえで大切なことに到達したという。
「まず一つ目は『異なる目』。つくり手とは異なる、日本人とは違う目に写るものは大切なポイントです。海外の方も日本人も本質的価値観が仮に似ていても、感じ、伝える方法論やプロセスは異なります。これを理解すること。そして『風景と風土』。その土地でものづくりが続くにも、発展するにも衰退するにも訳があるということを意識しました。風景や風土を比較しながらそこを突き詰めると、その土地が産み出す商品の本当の個性や強みが見えて来ると思います。最後に『ライブ感』。シンガポールの撮影クルーは仕事として風景やもの、人を納めてるんですが、いつの間にかそれらのファンになっていくんですね。そうさせるのは現場の空気や人達が産み出すもの。本当はこれをすべての方に体験してもらうのが一番なのですが!」
2015年2月、「Japan Made × Singapore Design」のフルラインナップは『スーパーママ』で公開され、好評を博し、3月にはマリーナベイサンズを舞台に行われた『メゾン・エ・オブジェ アジア』にも出展。イギリスやオーストラリア、マレーシアなど、新たな国々からのコラボレーションの問い合わせがいくつも寄せられたという。
2016年2月の展示会では総勢8社のシンガポールデザイン商品が来場客の注目を受けた
TEXT:武田篤典
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インテリア業界の「パリコレ」、メゾン・エ・オブジェのアジア版
インテリア業界の「パリコレ」、世界最高峰のインテリア・デザインの総合見本市「メゾン・エ・オブジェ」のアジア版として2014年からスタート。毎年3月にマリーナベイ・サンズ エキスポ&コンベンションセンターで開催される。
MAISON&OBJET ASIA
シンガポール
開催:毎年3月
http://www.maison-objet.com/en/asia