2016.07.25
ビジネスデザインが突破口! 町工場の金網をテキスタイルに【後編】
町工場の金網技術で北欧を目指す! ブランドの確立へ。
テキスタイルのような金網素材「KANAORI」を開発し、スウェーデンの見本市へ出展する。プロデューサーの松田さんは、あの手この手を尽くして、ブランドを確立していくのであった。
2016.07.25
町工場の金網技術で北欧を目指す! ブランドの確立へ。
テキスタイルのような金網素材「KANAORI」を開発し、スウェーデンの見本市へ出展する。プロデューサーの松田さんは、あの手この手を尽くして、ブランドを確立していくのであった。
「食」を軸に、事業計画から商品開発までトータルなビジネスデザインを手掛けるプロデューサー。企業や地域のニーズを具現化する新規事業の企画・プロデュースを得意とする。現在神楽坂にて「八百屋瑞花」を経営。生産者と料理人、消費者をつなぐ活動を広げている。
Paragraph 01
プロデューサーの松田龍太郎さんは、東京都荒川区の石川金網とともに、テキスタイルのように柔らかく繊細な新素材「KANAORI(カナオリ)」を開発した。2015年2月にはスウェーデンで開催される「ストックホルム国際家具見本市」への出展が決まっている。
「町工場がプロデューサーと組んで新商品を開発し、海外の展示会に出展する」
なんて話を聞けば、それだけで夢のあるチャレンジのように聞こえるが、松田さん曰く「海外出展をゴールにするとそれだけで終わり、“やった感”だけが残ることもある」という。海外に出展するからには、必ず次の足がかりをつかむ必要がある。そのためにはやれることは何でもやった。
「石川社長と一緒に日本のスウェーデン大使館に行って、『KANAORI』で出展するので何かフォローしてもらえませんかと、お願いをしてきました。大使館から現地の金網メーカーに連絡してもらい、『日本の金網メーカーが面白い展示をするからブースに見に来て欲しい』と依頼してもらったんです」
また、以前フィンランドに住んでいたデザイナーの中西香菜さんは、出展のエントリーなどの作業に加え、北欧のデザイナーに見本市に来てもらうよう声掛けを行った。
すべては、ひとりでも多くの人に「KANAORI」を生で見てもらうため。
*1
スウェーデンでのビジネスに関する支援も受けられる
スウェーデン大使館内には「商務部」という部署があり、スウェーデンでのビジネスに関する情報提供などの支援を受けられる。
スウェーデン大使館
住所:東京都港区六本木1−10−3-100
TEL 03-5562-5050(代表)
http://www.swedenabroad.com/ja-JP/Embassies/Tokyo/
Paragraph 02
2015年2月、いよいよ「ストックホルム国際家具見本市」への出展の日がやってきた。同見本市は、家具や調度品、テキスタイルや室内装飾品といったライフスタイル系のアイテムを幅広く扱っている。北欧の家具メーカーを中心に、各国のバイヤーやメディア関係者、デザイナーやその卵まで、デザイン感度の高い多くの人が足を運ぶ見本市だ。
ここに「KANAORI」は、ランプシェードや屏風、畳、皿、トートバッグなどの試作品を出展。それも、企業展示ではなく、あえて若手デザイナーの登竜門である「グリーンハウス」のゾーンに出展する。ちなみに、今や世界的デザイナーとして知られるnendoの佐藤オオキ氏が、新人時代に出展したのがこの「グリーンハウス」だ。
松田さんの狙いは明確だった。
「展示会での我々は『この椅子を売ります』ではなく、『この金網を使って椅子をつくってみませんか? 』と、素材を提供する立場です。できるだけ多くの人に見てもらった方が良いし、話題になったほうが良い。それならば、チャレンジする側のポジションで出展したほうが、新しい物を探しているクリエイターや事業者の方の目につくだろうと思ったんです」
狙いは見事にハマった。
まず「グリーンハウス」に出展している若手のクリエイターたちが興味津々でワッと集まってきた。その後はパリの見本市「メゾン・エ・オブジェ」の担当者から次回の出展を依頼され、ポルトガルの建築から「こんな金網見たことない! サンプルが欲しい」と言われ、スウェーデンの金網メーカーからは「うちに卸してくれないか」とまで言われた。
金網なのにテキスタイルのように繊細で柔らかい「KANAORI」は、概ね北欧では高い評価を受けた。日本での事前準備が功を奏したのは言うまでもない。
もちろん、ここで巻いた種を枯らすわけにはいけない。大切なのはその後のフォローアップだ。
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若手デザイナーの登竜門的エリアもあるヨーロッパ最大級の家具見本市
スウェーデンのストックホルムで毎年2月に開催されるヨーロッパ最大級の家具見本市「Stockholm Furniture Fair(ストックホルム国際家具見本市)」。スウェーデンを筆頭に世界30カ国以上から700社以上の出展、40,000人以上が訪れる。若手デザイナーが自身のデザインを世界に向けて発信する場、「グリーン・ハウス」というエリアが設けられるのも特徴。
Stockholm Furniture Fair
スウェーデン・ストックホルム
開催:毎年2月
http://www.maison-objet.com/en/paris
Paragraph 03
幸い、日本に帰国してから、「KANAORI」の問い合わせが「info」宛のメールに相次いだ。「info」宛のメールは松田さんのチームや石川金網に転送する設定にし、「金網全体の問い合わせなら○○宛」などと、依頼によって担当者を振り分けて、迅速に対応した。
また、世界中から厳選した素材を一同に展示する「マテリアルコネクション」という会員制のライブラリーから連絡があり、東京の青山で「KANAORI」を展示することにもなる。
数ある問い合わせのなかで最も多かったは「サンプルが欲しい」であった。布のような「KANAORI」だが、どのくらい柔らかいのか、触るとチクチクしないのかとか、そういった部分は実際に触ってみないとわかないのだ。
あまりにサンプルの引き合いが多かったので、「サンプル帳をつくって売ろう!」という話も出た(これは実現せず)が、実はそれよりも面白い展開に発展する。それもサンプルをチョキチョキと切って送る地味な作業から……。
なんと世界初の金網で折る折り紙、「ORIAMI(おりあみ)」が石川金網で商品化されたのだ。この「ORIAMI」は折り紙アーティストの宮本眞理子氏の指導を受け、「日本折紙協会」監修のもとで2015年12月から発売を開始した。松田さんとは別のプロジェクトだが、「KANAORI」から派生して生まれた商品であることは間違いない。
製品化された「ORIAMI(おりあみ)」
「布や織物のような柔らかい金属というこれまでにない素材を、より多くの人に知ってもらう良いきっかけになったと思います」と、松田さん。
「海外出展がゴールになってはいけない」、という考えで出展したスウェーデンの見本市。2016年8月の現時点で「KANAORI」を使った商品はまだ実現していないが、「ORIAMI」の商品化は海外出展がもたらした、ひとつのゴールといえるかもしれない。
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世界中から厳選されたマテリアルを一堂に展示する会員制のライブラリー
先端素材を集めたマテリアルライブラリーとコンサルティングサービスを提供する国内初の施設「Material ConneXion Tokyo(マテリアルコネクション トーキョー)」として2013年にオープン。1300サンプルを展示(2016年4月現在)、最先端のマテリアルが毎月約30-40点追加される。革新的な製品開発のための素材を探す企業のマッチングの場にもなっている。
Material ConneXion Tokyo
住所:東京都港区南青山2 会場-11-16 METLIFE青山ビル4F
TEL 03-6721-1780
http://jp.materialconnexion.com/
Paragraph 04
今回のチャレンジで松田さんはプロデューサーとしての重要な役割を痛感させられたという。それは、「事業者はプロデューサーが営業マンやPRマンである」と認識していること。つまりは「松田さんが売ってくれるんですよね?」って話。
「今回は素材提案という形だったので最終的に売るところまで落とし込めなかったのですが、ビジネスデザインという面では、いちばん最後の売れるかどうかまで面倒をみられる体制をつくるべきでした。そのためには『自分がPRやります! 営業マンやります!』っていうくらいガンガン攻める姿勢も必要だったのかもしれない。それに、チームにヨーロッパ系のバイヤーがひとり入っていれば別の転がり方ができたかもしれません」
これは後悔ではなく、「こうすれば120点だった」という話。
そして現在、松田さんの手は離れ、プロジェクトチームは解散した……。
それでも、石川金網ではB to Bの「KANAORI」と、B to Cの「ORIAMI」という2つの自社ブランドで事業を継続している。
「これは単に金網を使った新商品をつくればいいという話じゃない。ビジネスデザインの話だ」
かつてビジネスデザインアワードの課題を見て、直感的に自らの使命を理解した。
「KANAORI」と「ORIAMI」はいま、東京の町工場の新たな魅力として、国内外の展示会への出展や、ワークショップなどでの発信を精力的に行っている。
松田さんの想いは実を結び、町工場に継続的なビジネスが誕生したのだ。
TEXT:藤井たかの