品質を高めつつ、ものづくりの担い手のモチベーションや単価までアップさせる浜野さんの手法。もうひとつ着目したいのは、事前にプロモーションの戦略を構築したうえで開発取り組んでいる点にある。
「僕の会社はpromoduction(プロモダクション)といいますが、これはプロモーション戦略を構築してからプロダクション(ものづくり)をするという意味を込めています。『floro / フローロ』も、プロジェクトの過程そのものがプロモーションに使えると考えていたので、最初の打ち合わせ段階から写真をたくさん撮影して、発売後に各メディアに提供しました。プロモーション効果があるのはもちろんですが、全国紙に手がけた製品が紹介されれば、さらに型屋さん、生地屋さんのモチベーションアップにつながりますから」
プロモーションを構築したうえでものづくりの方向性を確立し、関係者全員を同席させる。浜野さんは、この手法を他のプロジェクトでも積極的に活用している。たとえば、東京ガスとリンナイが共同開発したガスビルトインコンロ「ピピッとコンロ + do GRiLLER(プラス・ドゥ・グリレ)」がそうだ。
2014年度グッドデザイン賞を受賞した「ピピッとコンロ + do GRiLLER」(東京ガス×リンナイ)。グリル部分を魚焼き用だけでなく、ピザなど多彩な料理ができるようにした
「ガスコンロのグリル部分は、魚焼き用に使われている場合がほとんどです。でも、本当はいろいろな料理がおいしくできるんです。でも、魚のマークが入っていたりしてニーズが広がっていない状況がありました。そこでまず、ユーザーのみなさんがどんな料理をしたいのかマーケット・リサーチをしてもらったんです。そうしたら、『ピザを焼きたい』『パンを生地からつくりたい』の2つが見つかった。グリルを開いたところにピザが置いてある写真を見せれば、説明せずとも魚焼き以外の料理ができるというこのグリルの価値を伝えられると直感しました」
冷蔵や冷凍のピザの標準的なサイズは10インチ(約25cm)。ところが、グリルの幅はそれまで24cmが標準サイズだった。そこで浜野さんは、エンジニアを含めた関係者全員に同席してもらい、幅26cmのグリルをつくる必要性を訴えた。その結果、今ではガスコンロのグリルの標準サイズは26cmになったという。
「ゴールイメージを設定してみんなで共有すれば、幅26cmにするために何をすればいいのかそれぞれの分野で考えてくれます。そのイメージを提示して『いっしょに考えましょう』と伝え続け、プロジェクトを推進していくのが僕の役割です」
全員に何をするべきか指示をするのではなく、目的を達成するためにどうするべきか各人の知見を吸い上げる仕組みを整え、推進していく役割。浜野さんが“デザインディレクター”と名乗る理由は、そこにある。
「もともと僕はデザイナーでしたが、以前は色や形を決める役割としか見られていませんでした。でも、本当に役立つものづくりを進めるためには、企画や製作だけでなく、販売や流通まで考慮する必要があります。デザイナーとして、開発がスムーズに流れないことも経験し、全体をつなぐ役割の人間が必要だと思い、デザインディレクターと名乗るようになったんです」
ユーザーのニーズからものづくりの現場まで全体を見渡し、プロジェクトを動かしていく。そうすることで、たとえプロダクトアウトなものづくりであっても、限りなくマーケットインに近づけることが可能だという。
「僕にとってデザインとは、ユーザーに新たな価値を届けることなんです。ただものをつくっただけでは、人を幸せにすることはできませんよね。使ってもらって、いいなと思ってもらえた段階で初めて幸せになってもらえるはずですので、自分の知見を活かしてそのお手伝いができればと思っています」
だから、浜野さんのデザインは形状や色合いにとどまらない。プロモーションやビジネスモデルといった大きな流れを見据えて、関わる人たちすべてが幸せになれるように考えている。しかも、決してドラスティックな形ではなく、それぞれの最大限の力を無理なく引き出す手法は、閉塞感のある状況で苦しんでいる事業者にとって、大きなヒントになるのではないだろうか。
TEXT:高橋秀和