2019.05.28
モノや空間を通して日本の伝統産業を伝えている、株式会社和える（以下、和える）。2011年に創業した当社の事業は多岐に渡り、「0歳からの伝統ブランドaeru」「aeru re-branding」「aeru oatsurae」「aeru room」「aeru onaoshi」「aeru talk」「aeru school」と様々だ。ものやサービスのかたちは異なれど、いずれにも通じるのは「日本の伝統を伝えるジャーナリズム」であること。
そんな和えるは、創業期より未来を見据えフェーズを分けて事業を展開し、まずは国内を対象に取り組んできた。創業10年を目前に海外を視野にいれた次フェーズへ移ろうとしている今、先人の智慧によって培われてきた伝統を取り巻くビジネスや海外展開について、創業者である代表取締役 矢島里佳さんにうかがった。
1988年7月24日 東京都生まれ。
職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から全国を回り始め、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。
「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、大学4年時である2011年3月、株式会社和えるを創業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2012年3月、幼少期から職人の手仕事に触れられる環境を創出すべく、“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出し、オンライン直営店から始まる。2014年には事業拠点となる東京「aeru meguro」、2015年京都「aeru gojo」をオープン。「ガイアの夜明け」（テレビ東京）にて特集される。
日本の伝統を泊まって体感できる“aeru room”、日本の職人技で直す“aeru onaoshi”など、日本の伝統や先人の智慧を、暮らしの中で活かしながら次世代につなぐために様々な事業を展開中。
著書に和える創業までの物語を綴った『和える-aeru- 伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家』（早川書房）など。
Paragraph 01
和えるは、「日本の伝統を次世代につなぐ」ことに臨むとき、まず日本国内に向き合うことから取り組んだ。実店舗は東京・目黒と京都・五条の2拠点で、他は国内の百貨店やホテルでの取り扱いが7件ほど。海外からの評価も高く、「0歳からの伝統ブランドaeru」もグローバルブランドになることを視野に入れているにもかかわらず、海外に実店舗をもたない。
「aeruにとっての海外出店は、英語対応のオンラインの店舗をもつことで実現するという位置付けです。創業初期から思っているのは、伝統産業を継承し続けるためには、日本人自身が自国の文化を自覚することが大事だということ。ニューヨークやパリで有名だからこれはいいものだ、みんなが認めたからいいものだ、という他者（国）評価で認識する自国の良さでは、いつまで経ってもアイデンティティ・クライシスに陥ったままです。大事なのは、自分でアイデンティティを構築すること。だから、私たちはまずは国内向けに伝えることにフォーカスしてきました」。
和えるの最初の事業である「0歳からの伝統ブランドaeru」の「こぼしにくい器」は、2012年に販売をスタートしてから今まで4万枚以上の売上を誇る。また、2011年前後で日本における伝統産業の扱いが変わったというエピソードから、日本における伝統産業の文化形成の変化を指摘した。
写真提供:株式会社和える
「震災後から徐々に、日本の伝統がメディアに取り上げられる頻度や、扱いが変わってきた印象があります。日本人自身が日常で伝統文化を目にする機会が増えたのは、みなさんテレビや雑誌などを見るとお気づきになるかもしれません。
これは日本側の変化であって、海外の方はこれといって何か変わったわけではないはずです。
たとえば『本物の漆器は、本物の◯◯焼はどこで手に入るの？』という訪日観光客の方のニーズに、やっと日本が応えられるようになってきたという状況なのではないでしょうか。まずは、海外から日本まで足を運んでくださっている多くの方に、日本人が日本を語ること。もっと海外にPRしないと、というより、私たち日本人側の自覚に課題があるという認識でいます」。
Paragraph 02
国内を対象としていながらも、長いスパンではグローバルブランドを目指している「0歳からの伝統ブランドaeru」は、国内はもちろん海外の受賞歴も豊富だ。メディアへの露出や評価の背景には、地道で戦略的な取り組みがあった。
「創業から10年は国内にアプローチし、その後グローバルを見ていこうと考えており、10年目が近づいた今、次フェーズへの準備に入っています。例えば、2017年にはベトナムで開催されたAPEC（アジア太平洋経済協力会議）の女性起業家のコンペティションに日本代表として内閣府に選出していただき、『APEC BEST（Business Efficiency and Success Target） AWARD』の大賞とBest social impact賞をダブル受賞しました。
評価された点は、『伝統を次世代につなぐビジネスモデル』だったと聞いています。なぜなら、APECには新興国も先進国も参加していますが、どの国の審査員も次世代に自国の文化がつながらないことに課題意識があったからです。ボランタリーなやり方や『守る』という発想ではなく、仕組みをつくり『活かす』という観点で経済を鑑みながらビジネスに落としているケーススタディが必要とされていたから、受賞につながったのだと感じました」。
この受賞が国際的な評価や認知度を上げる機会になり、IMFの副総裁から声かけもあった。海外進出というと実際に店舗を出したり、現地に卸すという手法に目がいきがちだ。しかし、和えるは国際的な舞台でプレゼンテーションをしたり、世界経済フォーラム（ダボス会議）の33歳以下のコミュニティに選出されたりすることで、関係性をつくり会社の海外展開の基礎をつくるという道筋を歩んでいるという。プロダクトにおいても、Appleや蔦屋書店もエントリーしている「Design for Asia Awards」という香港のデザインアワードを受賞している。創業初期の2012年からエントリーし、プロダクト本体やaeru meguroの店舗空間が評価された。モノ、空間、ビジネスモデルと会社を多面的に表現している。
写真提供:株式会社和える
「現在は、海外の方の目に触れる英字新聞やNHK Worldなどの掲載実績を少しずつ積み重ねており、これから海外向けのオンライン直営店というかたちでの海外出店に挑戦しようとしています。日本で「0歳からの伝統ブランドaeru」を立ち上げた時も、グッドデザイン賞やキッズデザイン賞といった受賞歴や、様々なメディアでご紹介いただいたことが、無名のブランドを信頼していただくうえで大きな支えとなりました。海外の方に会社やブランドのことを伝える時も、メディア掲載やアワード受賞が信頼につながると思います」。
Paragraph 03
和えるのように、現地に拠点をもたずに、あらゆる切り口で事業情報を発信することの可能性は大きい。一方で、そのためのコミュニケーションの要となる国際感覚をどう身につけるかという問題はある。和えるの採用では、TOEIC®️800点以上を条件とするほど語学力に重きを置いている。英語のほかに、ずれのない国際感覚を身につけるには何が必要だろうか？
「接客時に『英語はちょっと……』となってしまってはそこで止まってしまいます。よく言われている話ですが、日本の方は外国語に対する苦手意識が強すぎる。和えるでは採用の条件としていますが、それでも英語はあくまでも伝えたいことを伝えるためのツールでしかありません。
そのことを意識して、とにかく現地に足を運び、話してみることが大事なのではないでしょうか。現地の食べものや温度、街や暮らしを彩る文化をまるごと感じ、事業やサービスについて海外の方へ主観で語れることが一番だと思います。
主観といえば、日本のお客様はこちらが提示した使い方、たとえば『こぼしにくい器』は子ども向けであると認識される一方で、海外の方は自分用に使おうと自ら解釈される人も多いです。どうプレゼンテーションされていようと、どう使うかは自分次第、という感覚のようですね。こういった感覚の違いを頭だけではなく体で理解するには、やはり自分の足で、様々な文化に触れることが大事でしょう。和えるでは、国内外の様々な場所に足を運べるよう1週間以上の休暇を取得できるようにしています。また、海外からのインターン生の受け入れも、異文化を肌で感じる機会として活用しています」。
Paragraph 04
モノがあふれるこのご時世、機能ではなく体験を売ろう。差別化しよう。付加価値をつけよう――。こういったビジネス論をよく耳にする。しかし和えるは「私たちは価値を付加しません」という。和えるではどう商品を表現するのだろうか？
「私たちは、もともとの価値をそのまま伝えます。『こぼしにくい器』の素材や製作工程はもちろん、地域の伝統を五感で体感できるホテルの一室『aeru room』では、空間そのものの心地良さやユニークさを感じていただきたいと考えています。
写真提供:株式会社和える
たとえば姫路のaeru roomでは、天井が漆塗りで鏡のように反射する仕上げになっているので、朝、目が覚めるとぼんやり漆に映る自分に気づきます。こちらが何か価値を付け加えて言わなくても、体験いただくことで伝統文化や技術をそのまま感じることができるわけです。これも、非言語のコミュニケーションであって、空間という媒体を通したジャーナリズムだと思っています」。
Paragraph 05
様々なビジネスモデルを生み出すことに挑戦している矢島さんに、どのような社会のあり方を目指しているのか聞いた。
「私には、美しい社会で生きていきたいという思いが根底にあります。経済一辺倒で生み出された社会はいま、あらゆる課題を生みだしていて美しいとはいえない。
文化という基盤があるからこそ強い経済が育まれ、経済一辺倒では脆弱なその場限りの経済になってしまうと思います。コップをなぜひとり1つではなくいくつも所有しているかといえば、飲料の文化があるから。紅茶、緑茶、コーヒー……文化にあわせてコップをそろえるという経済行動をとっているわけです。
より美味しく飲むための形を追求し、愛でながら、飲料を楽しみたいという豊かな感性が経済を育てていることは明らかです。文化が経済を育み、経済が文化に再投資することで新たな文化を育てるという循環――足るを知る経済が生まれることは、美しい社会の到来につながるはず。
だからこそ、伝統は“守る”のではなく、より豊かな暮らしを実現してくれるものだから、という動機で伝統を“活かす”、という考えを多くの方にも促すことは、目指すもののひとつですね。和えるは三方良しの循環型のビジネスモデルで、いろいろな伝統を生かしながら、より魅力的な日本を次世代につないでいくための挑戦にこれからも取り組み続けたいと思います」。