2018.04.16
「単一商品で勝負できる時代は終わった」と松屋銀座の常務が断言するワケ
伝え方と「編集」の重要性が高まっている。
百貨店の中でも独自色のある展開で高い支持を集めている松屋銀座。日本のデザイン界の発展に寄与してきたことでも知られている。それだけに、取締役常務執行役員の古屋毅彦さんの「単一商品で勝負できる時代は終わった」との言葉は衝撃的だ。そこに込められた真意や、松屋の売場づくり、商品選びのポイントについても詳しく話を聞いた。
2018.04.16
伝え方と「編集」の重要性が高まっている。
百貨店の中でも独自色のある展開で高い支持を集めている松屋銀座。日本のデザイン界の発展に寄与してきたことでも知られている。それだけに、取締役常務執行役員の古屋毅彦さんの「単一商品で勝負できる時代は終わった」との言葉は衝撃的だ。そこに込められた真意や、松屋の売場づくり、商品選びのポイントについても詳しく話を聞いた。
昭和48年生まれ。学習院大学法学部政治学科卒業後、株式会社東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)にて主に中小企業や外資系企業取引の営業を担当。株式会社松屋に入社後、販売促進、MD戦略を経験し、ストアコンセプトGINZAスペシャリティ宣言を構造改革推進委員会事務局長として取りまとめた。全銀座会参加の次世代若手経営者の会「銀実会」の活動を通して銀座と深く関わっている。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院(SIPA) 国際関係学修士(MIA)。
Paragraph 01
いずれは海外展開を考えているが、まずは国内で実績を積みたい――。そう考える事業者がターゲットとする場所のひとつが、百貨店だろう。海外バイヤーもその動向には注目しており、“見本市”として機能している側面があることは間違いない。
その中でも独自の存在感を放っているのが松屋銀座だ。150年近い歴史を誇る老舗というだけでなく、ストアコンセプトに「スマートな美意識」を掲げてシンプル・シック・モダンな価値観を提案してきた。ガラスに覆われた純白の外観はその象徴となっている。
また、暮らしを豊かにするためにはデザインが重要だと早くから着目してきたことも見逃せない。代表的な取り組みのひとつが、「グッドデザインの啓蒙」を目指して1955年に設立された日本デザインコミッティーだ。株式会社松屋の取締役常務執行役員、古屋毅彦さんはこう説明する。
「当時松屋の社長をしていた私の祖父のところへ、亀倉雄策さんや丹下健三さんといったデザイナーや建築家が相談に訪れたことが、日本デザインコミッティーの発足するきっかけだったそうです。彼らをサポートするためスペースを提供したのが、現在も松屋銀座の7階にある『デザインコレクション』です」
「デザインコレクション」では、日本を代表するデザイナーや建築家が選び抜いた世界中の優れたデザイングッズが販売された。まさにデザイン・セレクトショップの先駆け的な存在であり、まだ「デザインが生活を豊かにする」という意識が根付いていなかった時代から、60年以上にわたって情報発信基地としての役割を果たしてきた。すべての商品に日本デザインコミッティーのメンバーの解説コメントを添えるなど、デザインをより理解できるための仕掛けも施されている。
Paragraph 02
デザインをリスペクトし、優れたプロダクトをサポートしてきた松屋の姿勢は、ものづくり企業にも当然伝わっている。とりわけ、銀座で一度勝負したいと考えている地方の企業にとっては、ある種の目標ともなっているようだと古屋さんは語る。
「当然、松屋としてもそういった志を持つ事業者を積極的に探しています。たとえば、富山・高岡の能作さんはもともと仏具や茶道具を中心に製造していましたが、今の社長さんが頑張ってテーブルウェアやインテリア雑貨もつくるようになりました。その志しの高さに早くより弊社のコーディネーターが着目し、出店までこぎつけたんです」
高岡で400年以上昔から伝わる鋳造技術を生かすだけでなく、素材の特性を引き出して鋳物の可能性を広げたのも能作のプロダクトの特徴。とりわけ話題を呼んだのは「曲がる器」だ。「金属の器は変形しない」というのが当たり前の考えであり、柔らかい純度100%の錫を使う能作もそれまでは“わざわざ”硬度を上げて製造していた。しかし、曲げられるならば、その特性を活かせないものか――。そう考えて使い手が自在に曲げられる器を生み出した。入れるものによって形だけでなく光の反射も変わるので、テーブルウェアに新たな表情を加えることができたのだ。2011年に直営店を松屋銀座にオープンしてから、その人気は高まるばかり。現在はイタリア・ミラノでショップを展開するなど、海外でも高い評価を受けている。
「ほかには、茶筒で有名な京都の開化堂さんも、弊社のコーディネーターが取り扱いたいと熱心で、実演販売などのイベントに出店いただいています。そうしたイベントがきっかけとなり、開化堂さんも京都の若手職人さんたちを牽引。メゾン・エ・オブジェをはじめ、海外から彼らへの出展依頼が絶えないそうです」
松屋は銀座本店と浅草店の2店舗のため、自社での展開を広げていくのは限界がある。しかし、デザイン性を重視したブランド選びと売り場づくりは、国内外のバイヤーやプロデューサーに高く評価されているため、次のステップにつながりやすい。いわば、世界へ羽ばたく前段階の力を蓄えるプラットフォームとして機能しているといえる。
Paragraph 03
松屋は、どうやってこうした優れたプロダクトを見出しているのだろうか。
「百貨店のバイヤーにずっと伝わってきている方法は『行って、見て、触る』です。昔は、生地を触りすぎて指紋がなくなったバイヤーもいたという話です。私の前職の銀行員もそうですが、やはりお会いして話をするのは欠かせません」
加えて、自分の感覚もないがしろにしない。顧客と直に接し、数多くの商品に触れて培ってきた感覚は、事業者からのヒアリングでも存分に生かされる。「なぜこんなになめらかなのか」「なぜこの色、柄なのか」といった疑問から話を掘り下げていくことで、特殊な製法やこだわり、ブランドを形作ってきた歴史など、キーポイントに到達できるのである。その底を流れるのは、商品に対するリスペクトだ。
「売り手としてもリスペクトと愛情の気持ちを込めないと売れませんが、事業者さんにもそういう気持ちがあるかどうかは自然とチェックします。興味を持ったブランドのショールームに行ったとき、オーナーが足で商品をどけたのがどうしても許せなくて、話を進められなかったことがあります」
商品を大切に扱わないということは、取引先も大切にされない可能性があるから、どうしても敏感になると古屋さん。そこに、百貨店として顧客へ間違いのない商品を提供するという矜持が見えた。
「百貨店はいろいろな規制があるので、どうしても面白味に欠ける部分があるかもしれません。しかし、たとえば飲食のイベントでずさんな管理が原因で食中毒が起きるような事件がありますが、同じような事態を起こすことは絶対にできないという気持ちを持っています。高い品質を保持することには命がけで取り組んでいるので、『安心して買っていただける』という点は担保できていると思っています」
その安心感こそが百貨店の付加価値であり、それを生かすために売場づくりや接客にも力を注いでいる。
「弊社の売場づくりは、他社さんよりも統一性を意識していると思います。ブランドはきっちりと打ち出しながら、松屋としてのストアコンセプトを維持することで、お客様に松屋ならではのショッピング体験をご提供したいと思っています」
ラグジュアリーブランドに対しても、“場所貸し”ではなく「こういうゾーニングだからこういった役割を果たしてほしい」と申し入れ、いっしょに売り場をつくる感覚を共有しているという。逆説的だが、クレームのほとんどがサービスに関わることというのも、ストアコンセプトが徹底していることを裏づけているのではないか。高品質な商品を値切るのではなく、十分なホスピタリティを受けるのだから当然の対価と捉える――。松屋というブランドを確立しているからこそ、そうした顧客を育てることができているのだ。
Paragraph 04
老舗百貨店として品質の保持に全力を注ぐとともに、サブカルチャーなどエッジのきいた文化催事を展開するなど、独自の挑戦を続けている松屋銀座。実は、別の側面からブランド育成にも取り組んでいる。子会社として展開するスキャンデックスの活動がそれだ。「スカンジナビアのビジネスをエクスパンドする」という意味を込めた社名からわかるように、北欧ブランドの日本展開をサポートしている。
「日本デザインコミッティーが発足した頃から、松屋のバイヤーは北欧で買い付けをしていたんです。シンプル・シック・モダンという松屋の価値観と北欧のデザイン観が合ったんですね」
当時、他の百貨店はフランスやイタリアのブランドを取り入れていたが、松屋の規模では勝負できなかったと古屋さん。独自路線を進めるうえで、松屋のみにとどまらず広く展開しようと考えたのが、子会社を設立した背景にあるという。1990年に設立してから28年目、ディストリビューターとして実績を積み重ねてきたが、ここに来て別の展開もスタートさせている。2016年9月に、世田谷の松陰神社前駅近くでセレクトショップ『POLARIS by SCANDEX』をオープンさせたのだ。
「もはや、単一ブランドを並べて売る時代ではなくなっています。すべてバカラを使っている人や、コム・デ・ギャルソンだけを着る人はほとんどいませんよね。むしろ、自分のセンスでミックスさせていく時代になっています。ですから、ライフスタイルを提案するセレクトショップをつくろうと考えたんです」
とはいえ、北欧ブランドを厳選するスタイルではない。「北欧と和」をテーマに掲げ、日本のライフスタイルに合うよう“編集”しているのが特色となっている。
「今は北欧ブランドも定着していますので、日本の家の中で北欧のインテリアやテーブルウェアを使っている方も多いと思います。たとえ北欧の食器であっても、日本の食材を使った日本の料理を盛りますよね。それを洗練された形として提案することで、北欧ブランドを取り入れより豊かなライフスタイルをご提案していきたいんです」
能作や開化堂といったプロダクトをはじめ、おいしい食材を「ごはんの友」「パンの友」「酒の友」といったテーマに沿ってセレクトしているのも興味深い。古屋さんの言葉どおり、ブランドの良さをただ打ち出すのではなく、ライフスタイルとして見せることで、その魅力がさらに引き出されていることがわかる。
Paragraph 05
松屋で結果を出しているものづくりブランドも、スキャンデックスのセレクトショップも、共通しているのは「わかりやすさ」だ。とりわけ、松屋をステップに大きく羽ばたいていったブランドには、必ずそれがあると古屋さんは話す。
「日本のものづくりが国内外で評価されているのは、職人さんの緻密な仕事による精巧さにあることは間違いありません。それは見た目の美しさにも表れていますが、中でも売れるプロダクトというのは、やはりわかりやすいですね。能作さんの『曲がる器』はその最たるものですが、開化堂さんのスーッと蓋が閉まっていく茶筒も、快感を伴う驚きがあり、技術の凄さがすぐに伝わるわかりやすさがあります」
海外展開の際、技術力の高さを伝えるのに苦労するというのはよく聞く話。その点、わかりやすさを伴うプロダクトは優位性が高いということだ。能作の「曲がる器」がそうであったように、技術の生かし方を変えてわかりやすいプロダクトにリデザインすることは、「売れる」ものづくりに欠かせないプロセスだということだろう。
さらに、「売れる」ために必要な視点について示唆的だったのは、インバウンド需要に対する古屋さんのスタンス。通訳などは配置しているものの、実は外国人向けの売場づくりは特に意識していないという。
「確かに、インバウンドは驚異的な売上に貢献します。現在、松屋では4分の1くらいが免税の売上です。ただ、トータルで見れば、商品の品質に対しても接客などのサービス面に対しても厳しいのは日本人のお客様。裏を返せば、日本のお客様に満足いただけるサービスを追求することが、利益向上につながっていくと考えています」
実際、松屋の業績は好調。2018年2月現在、銀座本店は8ヵ月連続で前年を超えている。掲げたコンセプトを守り、優れた商品を選び抜いているからこその結果だろう。しかし、古屋さんはより高みを目指している。
「百貨店の品揃えは、高額品が多く敷居が高いと言われることもありますが、それでも行きたいと思っていただくにはどうすればいいか常に考えています。たとえばディズニーランドにはプリンセスに変身できるサービスがありますが、もっとも高いコースで3万円以上するのに予約でいっぱいですよね。お客様は、たとえ高額でも価値を感じればお金を遣ってくださいます。それだけの期待感をご提供できるようにしないといけないと思っています」
百貨店とものづくりでフィールドは異なるが、価値を感じなければ興味を惹くことができないのは同じ。高品質であることのみに満足せず、わかりやすく伝える努力をしなければ「売れる」ことはないということを、古屋さんは再認識させてくれた。
TEXT:高橋秀和