2018.04.26
事業者にリスクを負わせない!あるプロデューサーの方法論とは?
既存の資源にこそ、答えがある。
徹底した現場主義で、事業者と信頼関係を築けないうちは一切提案をしないというトランクデザインの堀内康広さん。一見頑なな姿勢のようだが、リスクを負わせることのない驚きのプロデュース手法で、数々の結果を残している。なぜリスクを負わせないことが可能で、具体的にどのような仕組みをつくっているのだろうか。詳しく話を聞いた。
2018.04.26
既存の資源にこそ、答えがある。
徹底した現場主義で、事業者と信頼関係を築けないうちは一切提案をしないというトランクデザインの堀内康広さん。一見頑なな姿勢のようだが、リスクを負わせることのない驚きのプロデュース手法で、数々の結果を残している。なぜリスクを負わせないことが可能で、具体的にどのような仕組みをつくっているのだろうか。詳しく話を聞いた。
1981年兵庫県生まれ。2009年、神戸垂水・商大筋にオフィス&ショップ「トランクデザイン」をオープン。地場産業のプロデュースやブランディング、百貨店広告などのディレクションやデザインまで幅広く行う。2012年には兵庫県のモノづくりを紹介する「Hyogo craft」を立ち上げ、兵庫県の間伐材を使用したオリジナルプロダクト「森の器」、播州織の職人とつくるアパレルブランド「IRODORI」・「megulu」も手掛ける。
Paragraph 01
地場企業が活路を見出そうとするとき、新たな製品やサービスを開発するのが常道だ。しかし、イチからすべてを開発すると、どうしてもコストがかかる。デザイン、テストマーケティング、プロモーション……。もし失敗したら、経営に多大な影響を及ぼしかねない。
ならば、コストをかけずに新たな製品を開発しよう――。簡単なようで、実に難しいこのミッションを次々にクリアしているのが、トランクデザインの堀内康広さんである。象徴的な事例が、MORE THAN PROJECTで手がけた「播州そろばんと、伝統教育文化を世界へ」だ。
堀内さんはデザイナーでもあるが、このプロジェクトでそろばんのデザインは一切していない。にもかかわらず、プロジェクトの1年間で7件の成約を実現させ、今も順調に伸びているという。いったいどのような手法で“追い風”を吹かせたのだろうか。
その手法を明らかにする前に、播州そろばんの状況を整理しておこう。播州そろばんとは、兵庫県の中南部にある小野市の伝統工芸品。軸、枠材、珠、そして組み立てまでそれぞれ異なる職人が手がけることで精度の高さを保っている。磨き上げられた美しさに加えて、弾くとなめらかに動き、かつピタッと止まる珠はじきの精巧さはまさに職人技の極致。質の高さだけでなく生産量も日本一で、国内シェアは70%以上を占めている。
国内シェア70%と聞くと順調なようだが、肝心のそろばん市場は、著しく縮小し続けている。ピークだったのは60年近く前の1960年で、年間生産量は350万丁に達したが、その後は電卓の登場により急速に“そろばん離れ”が進む。現在の生産量は14万丁程度と、なんとピーク時の4%程度まで落ちているのだ。取り扱う事業者も、創業100年以上の老舗である株式会社ダイイチの1社のみ。播州そろばんは完全分業制で成り立っているため、職人たちを適切にマネジメントするダイイチの存在がなければ、いつ消滅してもおかしくないプロダクトなのである。
播州そろばん存亡の危機に立たされて、ダイイチも手をこまねいていたわけではなかった。既存のそろばんづくりのみにこだわらず、30年以上前からその技術を活かして時計やギフトグッズなど50種以上のオリジナル商品を開発してきた。そうした積極的な姿勢があればこそ、生産量が激減しながらここまで生き残ってきたといえる。実際、中には数万個を売り上げるヒット商品もある。
とはいえ、少子化の影響を考慮すれば、今後国内のそろばん市場が伸びる可能性は決して高くない。では海外はどうかといえば、中国製品の台頭がネックとなっている。プラスティック製で珠が軽く、弾くと跳ね返ってしまうなど品質はお世辞にも優れているとはいえないが、日本円で数百円程度と価格が非常に安いため広く普及。珠算は世界80カ国に広まっているが、出回っている製品の9割が中国製品ともいわれ、国内市場にも影響が出ている。「MORE THAN PROJECTのアドバイザーからも『大丈夫?』と心配されました」と堀内さんが振り返るほど、未来の見えない状況だったのだ。
Paragraph 02
厳しさばかりが目につく、播州そろばんを取り巻く状況。堀内さんは、プロデューサーとしていったいどのような手を打ったのだろうか。さぞドラスティックな策を講じたのかと思いきや、拍子抜けするほど地道なアプローチを繰り返していった。まず行ったのは、ダイイチの社長との話し合い。通り一遍な打ち合わせではなく、播州そろばんに対する真の思いを引き出していった。
「僕は、どんなプロジェクトでもいきなり提案することはありません。提案をするのは、事業者さんや職人さんたちと信頼関係を築いてからです」
堀内さんがそういった姿勢を貫くのは、2つの理由がある。1つは、信頼関係を築かなければ厳しい意見をぶつけられないから。もう1つは、地場産業と取り組むプロジェクトの本質を見極めているからだ。
「そもそも、地場産業のプロジェクトは誰のためのものなのかということです。事業者や職人さん、街の人たちが生き生きと楽しく取り組めて、なおかつ経済的にも潤うようにしないと意味がありません」
よく“プロジェクトありき”で計画が立てられ、進んでしまうケースがあるが、そうした場合「やりたくないこともやる必要が出てくる」と堀内さんは話す。播州そろばんのプロジェクトがそうならないように、時間がかかるのを承知でじっくりヒアリングを行ったというわけだ。その結果、ダイイチは播州そろばんのプロダクトを売ることを第一義と考えていないことがわかった。
「教育文化としてのそろばんを広めていきたいというのがダイイチの社長の本心だとわかりました。1950年代から60年代の高度成長期を陰で支えたのはそろばんで培われた計算能力といわれていますが、途上国の子どもたちにそろばん教育を伝えてその国の成長に貢献したいという強い思いを持っていたんです」
方向性は決まった。しかし、この段階でも堀内さんは提案をしない。どういうやり方が播州そろばんにとってベストなのかを探るため、現地に何度も足を運び、綿密なリサーチを実施。現状の売上高や国内外の珠算塾とのネットワークを確認しつつ、職人たちの仕事場を訪れてそろばんづくりの工程を把握し、ダイイチ社内の雰囲気も掴んでいった。
「僕は“絶対現場主義”なんです。アイデアは現場から生まれるものだと考えていますので、どんなプロジェクトでもとにかく現場に通います。MORE THAN PROJECTは1年間のプロジェクトなので時間が限られていましたが、そのプロセスを外そうとは思いませんでした」
“プロジェクトありき”で進めず、現場の人たちが生き生きと取り組める内容でなければ意味がないと考える堀内さんならではのアプローチだ。また、“プロジェクト後”に地場産業が自走できる仕組みづくりをすることがプロデューサーの役割だと考えているからこそ、あえて近道を選ばないのだろう。
Paragraph 03
播州そろばんの現場をつぶさに見ていった結果、堀内さんのアンテナに引っかかるものがやはりあった。それが、ダイイチが社屋近くで運営する「そろばんビレッジ」だ。“オリジナルそろばん製作所”と銘打った体験型ショップで、“マイそろばん”を簡単につくることができる。
「南アフリカの珠算塾の先生が見学に訪れたとき体験していたのですが、大の大人が嬉しそうな声をあげながらそろばんをつくっていたんです。それを見て『これだ』と思いました」
そろばんを売るのではなく、そろばんづくりのワークショップを海外で展開する――。考えてみれば、そろばんという教育文化を広めるうえで実に合理的な仕組みだ。どんな子どもでも、「今日からそろばんをしなさい」といわれたら少なからず戸惑うだろうが、自分で組み立てるとなれば興味も湧く。南アフリカの珠算塾の先生がそうだったように、イチからモノをつくりあげるというプロセスは、子どもだけでなく大人も惹きつけることができる。珠や枠を何色も用意することで、自分なりにデザインできる仕掛けをしているのも効果的だ。また、ワークショップを展開すれば、生徒を増やすきっかけとなるため現地の珠算塾にとってメリットにつながるのも大きい。
「最初に海外で出張ワークショップをやったのはベトナム・ホーチミンで開かれたジャパンフェスティバルでした。子どもが計算できるのを見て、親御さんが喜んでいる姿が強く印象に残っています」(堀内さん)
賑わうワークショップの様子を見て、ビジネスチャンスを感じ取ったのだろう。現地の学習塾がそろばん販売支援に名乗りをあげたほか、独占販売権の申し入れもあったと堀内さん。その後、台湾やシンガポールでワークショップを展開していく。台湾は堀内さんのネットワークを活用して出店したが、シンガポールでは同じMORE THAN PROJECTでシンガポールへの展開を行っていた大谷啓介さんの協力を得て、現地の有名セレクトショップ「Supermama」でデモンストレーションを実施。事前告知もなく、わずか数時間程度のゲリラ的な出店だったが、たちまち人だかりができるほど現地の人たちの関心を集めた。POSデータをチェックしたオーナーが「なぜ急に売上が上がったの?」と連絡してくるほどの成果をあげ、同国最大のビジュアルアートフェスティバル「シンガポールデザインウィーク」でワークショップの出展を依頼されるに至った。
「今は、日本からワークショップを持っていくのではなく、ワークショップ自体を売っていく方向に切り替えています。ノウハウを伝えれば珠算塾の先生やスタッフでもできますので、そこに日本からそろばんの枠や珠といった材料を売っていくという形です」(堀内さん)
播州そろばんの完成品にこだわらず、材料を売ることができれば事業としては十分に成立する。切り口さえ工夫すれば、既存の“資源”のみでも新たなビジネスチャンスを生み出せるということを証明したのである。
Paragraph 04
資源を効率的に活用して地場産業を再生に導く――。堀内さんがこの手法を用いるきっかけとなったのが、兵庫県揖保郡にある創業約90年のマッチ会社、神戸燐寸株式会社と取り組んで2009年に立ち上げたコラボレーションブランド「マッチデザインファクトリー」だ。
「マッチ会社に80~100年前に使われていたマッチのラベルが大量に残っていることを知ったんです。レトロ柄で非常に面白く、しかも版権が切れているため自由に使えるのにほとんど活用されていないのはもったいないと思いました。そこで、切り口を変えてTシャツにプリントすることで、マッチのことを知ってもらおうと考えました」
このTシャツが評価され、次々に新たなプロジェクトが動き出す。株式会社伊藤園とコラボレーションした茶殻入りマッチは、硫黄や燃焼補助材の使用量を削減。軸木に茶殻のエキスを染み込ませて消臭効果を発揮させたマッチも売り出した。また、淡路島のお香メーカーである株式会社大発を巻き込んで地場産業2社のコラボレーション製品となったのが、2015年に発売されたhibi。マッチのように擦って着火させるお香で、着火具を必要としない手軽さと洗練されたフォルムで大ヒット商品となっている。
「マッチデザインファクトリーに取り組む中で痛感したのは、地元の人が地場産業を知らないということです。マッチは兵庫県の地場産業で、国内生産量の約7割を占めますが、僕のショップでお客さんにそういう話をしても知らない人が大半なんですよ。じゃあ僕はどれだけ知っているのかなと思って、兵庫県のものづくりをすべて調べることにしました」
堀内さんは、兵庫県内にあるものづくり企業や関係の組合すべてに電話をかけて訪問し、さまざまな事業者や職人たちと出会っていく。
「僕が運営するトランクデザインはデザイン事務所ですが、ショップも併設していますので、いいものを集めてそこで販売しながら、地場産業の魅力を伝えようと思い、オリジナルレーベル『Hyogo craft』をスタートさせました」
最初はデザインを手がけようという気持ちはなかったというが、事業者側から依頼が寄せられる。江戸時代から続く先染め織物「播州織」の織元、遠孫織布株式会社がそれだ。
「いい生地を織る自信はあるが、デザインができないからやってくれという話でした。でも、テキスタイルのデザインもアパレル生産にも携わった経験がなかったんです。どうしようかなと思いましたが、シャツは非常に好きなので、他で買えないオリジナルのものをつくりたいという気持ちはありました。そこで、知人のパタンナーに相談してパターンを起こしたんです」
そうして生まれたのが、トランクデザインのアパレルブランド「irodori(イロドリ)」。このブランドの最大の特色は、大量生産をしないこと。パターンだけ共通化し、「その時にある糸と色」で織り上げたものはすべてトランクデザインが買い取るという少量生産方式にしている。事業者に負担をかけることなく、地場産業に光を当てるブランディング手法なのだ。そこから発展させ、余り布を有効活用してシャツやハンカチ、ストール、トートバッグなどを生み出すスピンオフ的なブランド「meguru」も誕生させている。まさに、資源を有効活用しながら地場産業の価値を高める取り組みとなっている。
Paragraph 05
注目したいのは、これらの堀内さんの取り組みが地場産業再生のスキームとなっている点だ。たとえばシャツなら、別の産地の織物でもそのままパターンが使える。つくった分をトランクデザインが買い取るため、事業者のリスクもない。トランクデザインは自社店舗やウェブサイト経由で販売するほか、展示会出展や百貨店の催事などを通じて流通先を広げている。
「地場産業が潤うための仕組みづくりをするのが僕の役割だと考えています。ものを売るだけでなく、後継者問題も深刻ですから、地域性や技術もともにアウトプットして、買った人が『そこに行ってみたいな』と思えるような仕掛けもしています」
観光目的の人から手に職を持ちたいと考える学生、そして魅力あるプロダクトを求めているバイヤーなど、いろいろな切り口を用意して産地を訪れる人を増やしたいと語る堀内さん。今後は、兵庫だけでなく全国各地のいいものを見つけて、編集・流通させる事業を展開したいという。その一環として取り組んでいるのが、2011年にスタートさせた「森の器プロジェクト」だ。
「輸入材に押されて、廃業する製材所は非常に増えているんです。樹木を健全に生長させるためには、密集化した立木を間引く『間伐』というプロセスが欠かせませんが、そのための資金も不足している状況です。そこで、間伐材を有効活用するため、伐採場所を示す緯度経度を刻印した器をつくりはじめました」
モノのトレーサビリティが刻まれているため、地域の土産物にもできるのがユニーク。このプロジェクトは、兵庫だけでなく奈良や熊本でも開始。まさに、スキームを活かした地場産業の支援事業となっている。
「いずれは、全国47都道府県の個性を反映した47種の『森の器』を集めて海外で展示会を開くのが夢です。日本だけでなく世界にもスキームが広げて、グリーンツーリズムのムーブメントを生み出せば、仕事としての林業に光が当たる機会も増えますよね。観光、環境保全、雇用創出というサイクルを生み出す起点になれればと思っているんです」
プロデューサーやデザイナーには、つい斬新な提案を求めがちだ。しかし、事業者が真に必要としているのは、新しさや一時的な評価ではなく、継続的に利益を生み出す仕組み。「常に新しいものをつくり続けなければならないわけじゃないと思っています」という堀内さんの言葉は、地場産業のみならずビジネス論としても重く受け止めるべきではないだろうか。
TEXT:高橋秀和