2017.04.26
中長期的な海外ビジネスの育て方とは? 「人」、「ストーリー」、「愛着」がキーワード。
シンガポールと東京に拠点を設け、メディア機能と商社機能を併せ持ち日本の海外展開を支援するユニークな企業、HULS。工芸メーカーの取材やディストリビューター業務でアジア圏を飛び回る代表の柴田裕介さんに、「海外ビジネスの継続的な成功」のためには何が必要なのか、そのためにHULSではどのような取り組みを行っているかを聞いた。
2017.04.26
シンガポールと東京に拠点を設け、メディア機能と商社機能を併せ持ち日本の海外展開を支援するユニークな企業、HULS。工芸メーカーの取材やディストリビューター業務でアジア圏を飛び回る代表の柴田裕介さんに、「海外ビジネスの継続的な成功」のためには何が必要なのか、そのためにHULSではどのような取り組みを行っているかを聞いた。
1981年生まれ。立教大学社会学科卒。デザイン会社での勤務後、エレクトロニクス素材を専門とする商社にて様々な海外ビジネスを経験。世界15ヵ国以上の渡航経験をもとに、東京とシンガポールを拠点にして日本のものづくりの海外展開に注力。
代表を務めるHULSでは、アジアを中心としたディストリビューターおよびエージェント業務から、国内外のデザイナーと連携した国際的な商品企画、工芸メーカーの紹介を行う日・英のバイリンガルサイト「KOGEI STANDARD」の運営などを行なっている。
Paragraph 01
―HULSでは、具体的にどのような取り組みをされていますか?
現在、特に力を入れているのは日・英の2言語に対応しているバイリンガル工芸情報サイト「KOGEI STANDARD」の企画・運営です。HULSは、ウェブサイト制作が事業の柱のひとつとなっていまして、日本の工芸メーカーのサイトも複数制作しています。しかし、SNSが普及している中、どんなに工夫をしても、ひとつひとつのサイトへのアクセス数には限界があります。例えば、有田焼のある窯元のサイトにたどり着こうとしたら、それなりのプロセスを必要としますよね?同じ日本のサイトでさえそうなのですから、海外の人が「日本の工芸メーカーとコラボレーションしたい」と考えても、コンタクトをとるのは容易ではありません。そこで、いろいろな工芸メーカーの情報が一度に得られるサイトをつくろうと考えたのです。
―確かに、工芸品を紹介するサイトはたくさんあっても、メーカーの情報が得られるサイトは少ないかもしれません。
そうなんです。さらに、英語に対応したサイトとなると非常に限られますので、海外の人は日本にどんな特長を持つ工芸メーカーがあって、どんな取り組みをしているのかを簡単に知ることができません。例えば、現地のデザイナーやバイヤーが、シンガポールにある日系の百貨店で素敵な日本の焼き物に出会ったとしても、スムーズにメーカーとコンタクトがとれないわけです。そうした人たちへの窓口としての機能を果たしたいというのが、KOGEI STANDARDの基本コンセプトです。
Paragraph 02
―KOGEI STANDARDのコンテンツづくりで工夫しているポイントは何でしょうか?
工芸品そのものだけでなく、メーカーと人にフォーカスを当てているのが最大の特色です。工芸には、熟練の職人や経営者だけでなく、若い職人の方や、営業の方、事務の方を含め、様々な方が関わりあっており、そうした「工芸人の顔」をしっかりと紹介し、どんな場所でどのような気持ちを持ってモノづくりに臨んでいるのかを伝えられるよう、ストーリー仕立てでわかりやすくまとめています。例えば、家族だけで経営している3人の会社と50人の会社では、戦略もニーズも異なりますから、適切なマッチングの下地となれるように、現場の規模感などもきちんと盛り込んでいます。
―ストーリー仕立てというのは、そのメーカーを理解するのに役立ちそうです。
私は、HULSと同時に、アジアに複数の海外拠点を持つ電子部品の商社も経営していますので、多様な国の様々なビジネスモデルを見てきています。その経験から学んだのは、海外のビジネスは日本人が考えている以上に「人と人とのつながり」を重視しているということです。「実際に顔を合わせて話してみたい」と思わせるためには、その人柄を伝えるのがベストですから、その人の人生や会社のルーツを、ストーリー仕立てで表現する方法を選択しました。
―そのメーカーの雰囲気がリアルに伝わることで、その後のコミュニケーションが円滑になる効果もありそうですね。
そのとおりです。どんなことでも同じでしょうけれども、理解度が深まれば「愛着」も増していきますよね。一時的ではなく、中長期的に海外ビジネスを持続し、発展させていくためには欠かせない要素だと考えています。
Paragraph 03
―ストーリー仕立てのコンテンツを制作するには、綿密な取材が欠かせないと思いますが、取材先はどうやって決めているのですか?
メーカー選びの基準はとてもシンプルで、私たち自身が「その企業を海外に紹介したい」と思えるかどうかです。ですから、単にプロダクトだけを見て取材申し込みはしません。原則として、そのメーカーの人にお会いしてから依頼しています。展示会やセミナー、メーカーと私たちディストリビューターをつなぐマッチングイベントなどで経営者の方と顔を合わせ、お話をして、人柄に惹かれてからアポイントをとることが多いですね。
―HULSは、メディア機能も商社機能も持つ会社ですが、取材時にビジネスの話が展開することもあるのでしょうか?
はい。取材もビジネスの話も自然な形で両立できるのが、私たちの強みです。話の流れで自然に「どうやって海外展開をしていくか」といったビジネスの話になり、具体的な戦略のご相談まで発展していくケースがほとんどですね。そもそも、展示会やセミナー、マッチングイベントに出席するくらいですから、メーカー側も海外進出に強い関心を持っていて、私たちからシンガポールやアジアの話を聞きたがっている場合が多いです。私自身が極力取材に行くようにしているのは、そのためでもあります。
―柴田さんが自ら足を運ぶほど力を入れているのですね。ちなみに、取材後のコンテンツ制作はどのような流れで行うのでしょうか。
テキストはまず日本語で書きます。それを英訳してから、シンガポールオフィスのスタッフに最終チェックをしてもらっています。日本語の表現を直訳すると読みづらいところもありますし、細かいニュアンスを伝えるには日本の工芸品についての知識が必要なので、同じ社内にネイティブスピーカーがいるのは大きなアドバンテージとなっています。
Paragraph 04
―KOGEI STANDARDを運営することで、どのような成果が生まれましたか?
サイトオープンして約1年になりますが、海外からの問い合わせが増えました。特に、デザイナーなどクリエイティブ関係者が多くて、コラボレーションのオファーだけでなく「ほかにもこんな工芸品は知らないか」といった内容もあります。複数のメーカーを紹介しているので、日本の工芸品全般に通じていると認識されているのでしょう。逆に、日本の工芸メーカーから「海外展開の相談をしたい」といった問い合わせもあり、国内では海外進出を支援しているサイトだと認知されているようです。
―海外向けの情報発信拠点となっているだけでなく、日本の工芸メーカーにとっては海外展開の窓口として機能し始めているのが興味深いです。そうした想定外の成果はほかにもありますか?
取材がきっかけで、国内メーカー同士を繋ぐことができた事例があります。岐阜の「飛騨産業」という木製家具メーカーを取材したとき、「何か国内産の良い生地や織物はないか」と聞かれて福岡の小倉織ブランド「縞縞 SHIMA-SHIMA」が思い浮かんだんです。その後、弊社の企画として、シンガポールのデザイナーも巻き込んだコラボレーションが実現しました。プロダクトは2017年3月に私たちが主催したシンガポールの展示会「Artisan–Beyond Craft」に参考品として出展し、現地の人からも好評でした。
―ただでさえコラボレート企画を成立させるには困難が伴いますが、異なるプロダクトを扱う2社がつながり、さらに海外デザイナーまで加えたコラボレーションが実現したことに驚きます。実現できた要因はどこにあったと分析されていますか?
私自身が取材を通じて、両方の会社に直接訪問させてもらい、両社の経営者の人柄や目指す方向性がわかっていたことが大きかったと思います、両社は共に現場の方々が明るく仕事をされていて、男女や世代の垣根も少ない会社です。この点で、新たな商品に取り組む際にも、柔軟に取り組んでいただけたことは重要でした。加えて、両社とも海外展開に対して非常に前向きでしたので、弊社のシンガポール人デザイナーとのコミュニケーションも問題がありませんでした。その点で海外向けの企画としても、マッチングがしやすかったと思います。とはいえ、岐阜・福岡・シンガポールと互いの距離もあり、手がけていることも異なる三者が協力して、海外向けの製品をこれほどすぐに企画できるとは思いませんでした。KOGEI STANDARDを企画・運営してきてよかったと思えた瞬間です。
Paragraph 05
―今もお話に出ましたが、今年3月にはシンガポールでの展示会「Artisan–Beyond Craft」を開催されました。この展示会はKOGEI STANDARDから生まれたとのことですが、どのような経緯があったのですか?
KOGEI STANDARDはウェブサイトなので、実際にプロダクトを触れられる場を提供したいと考えていました。シンガポールでは国家を挙げてデザイン戦略に力を入れており、毎年3月にシンガポールデザインウィークを開催していますので、その時期に合わせて展示会を開催しようと考えたのです。現地のイベント・PR会社Vivid Creationsとパートナーシップを組み、「シンガポールデザインウィーク/SDW2017」の公式パートナーイベントとしての認定も受けることができました。
―シンガポールデザインウィークのメイン会場は、シンガポールのデザイン産業のハブとなっているナショナルデザインセンターですが、「Artisan–Beyond Craft」は別の場所で開催されています。これはあえてそうされたのですか?
はい。例えばイタリア・ミラノのデザインウィークは、会場以外の街の至るところで盛んに展示がされるのですが、アジア圏ではまだそこまでの雰囲気が生み出せていません。シンガポールでは、メゾン・エ・オブジェ・アジアやIFFS(International Furniture Fair Singapore、シンガポール国際家具展示会)なども開催されていますが、盛り上がっているのは会場だけで、街中にまで波及していないのが現実です。中長期的に海外ビジネスを継続させていくためにも、出展関係者やバイヤー、ディストリビューターだけでなく一般の人たちがプロダクトに触れられる機会を提供するべきだと思いますので、大きな会場で狭いブースをマネジメントするのではなく、会場全体を日本の工芸イベントにするスタイルを選択しました。
Paragraph 06
―Artisan–Beyond Craftのコンセプトを教えてください。
私たちの事業コンセプトでもある「Roots&Touch」を実現させることを目的としました。メーカーやプロダクトのルーツを伝えつつ、実際にプロダクトの手触りを体感できる空間にしたいと思ったのです。まずルーツに関しては、会場の壁面にモノづくりの現場などの写真を展示し、出展した各メーカーのストーリーを視覚的に伝える仕組みにしました。そして、プロダクトは会場の中央に集めて気軽に触ってもらえるようにしました。
―展示するプロダクトは、すべて柴田さんたちが選んだのですか?
はい。出展した日本の工芸メーカー8社は、すべてKOGEI STANDARDで紹介しているメーカーです。プロダクトだけでなく、経営者やモノづくりに携わっている人たちとすでに密なコミュニケーションがとれている状態でしたので、セレクトは基本的に任せてもらえました。もちろん、メーカーには「海外で評判のいいもの」がどれかをヒアリングしたうえで、シンガポール人デザイナーにも意見を聞き、現地の人に受け入れられる色や形をセレクトし、メーカー側に提案して決定しました。
―プロダクトのジャンルは絞ったのでしょうか。それとも、ジャンルを問わずにシンガポール人の好みに合うものをそろえたのでしょうか?
今回は、テーブルウェアにフォーカスを当てたセレクトを行いました。日本の工芸品は、奥が深く、一回の展示で全てを語ることは難しいので、何回か時間をかけて取り組むことが必要です。今回は、私たちにとって初めての展示会だったので、生活に密着した製品のほうが伝えやすいですし、海外の人にとってもわかりやすいと思いました。また、バリエーションを豊富にしてしまうことで、雑多な雰囲気になるのを避ける意味もあります。
Paragraph 07
―現地の人たちの好みを考慮したうえで、メーカーのストーリーやプロダクトの質感を伝えるよう工夫した展示は非常に戦略的だと思います。来場者の反応はいかがでしたか?
想像以上に、来場者のみなさんが写真やテキストをしっかり見てくれました。商品にも触れてもらえて、設計どおりの展示会にできたと思います。多数のブースがある会場の場合、1つのブースの平均滞在時間は7~10分と言われていますが、30分から1時間以上滞在される方が多かったのにも驚きました。それほど真剣に見て、触る時間を過ごしたことで、プロダクトに対する愛着、リスペクトといった感情を持ってもらえたと思います。
―今後の展開につながる問い合わせや商談などはありましたか?
多くの問い合わせをいただくことができました。今回はテーブルウェアに絞り込んだため、ホテルやレストランからの問い合わせがあることは想定どおりだったのですが、印象的だったのは個人のお客様からの依頼です。しかも、個別のプロダクトの注文ではなく「ギフト向けにテーブルウェア全般をセレクトしてほしい」とのお話があったので驚きました。
―複数のメーカーを集めて展示したプロデュース力を買われたということですね。
そんな可能性が広がるとは思っていなかったので、大きな収穫となりました。シンガポールは世界各国から富裕層が集まっている国ですので、プロダクトの提供を含めた個人向けコンサルティングが新たな販路となる可能性は十分にあります。今後、工芸メーカーの海外展開を支援する手法のひとつとして検討していきたいですね。
Paragraph 08
―KOGEI STANDARDやArtisan–Beyond Craftの事例を伺って、メーカーやプロダクトのストーリーを伝えることが顧客の「愛着」を深めるということがよくわかりました。それ以外で、中小企業が海外進出で苦戦しないために注意するべきポイントがありましたら教えてください。
苦戦している企業は準備不足の企業が多いように思います。細かな情報は入手できなくても、海外の文化や国際的なニュースに関心を持つことで、最低限の知識を得ることはできます。少なくとも展示会に参加する前には、現地の市場価格を把握し、ターゲットをイメージする程度のことはしておきたいものです。あと大切なのは、為替リスクへの対応です。中期的な取引になった場合、為替レートが5円、10円変動するだけで収益に多大な影響が出るわけですから、契約時に為替に応じて価格を変更する取り決めをしたり、日本円の金額を確定させる為替先物予約をしたりといった対策をとることが必要です
―特に為替リスクは、海外ビジネスの経験がまったくないと気づかないかもしれません。
日本国内だけの取引では注意する必要がありませんので、そこまでイメージできない企業が多いですね。BtoB展開では、現地企業との交渉にも注意が必要です。海外との交渉は、語学の問題以上に、取引条件や価格面など、タフな交渉の場面が多くあるので、やはり事前の準備や専門的な知識・経験は重要になると思います。近年では、通信手段や流通手段が発展し、メーカーが独自に海外の企業と取引することは可能になったわけですが、やはり、中期的に国際取引を行っていくには、専門性の高い業務について、外部の企業とパートナーシップを組むことは、重要であり続けるはずです。
―そういった点を踏まえたうえで、柴田さんのように海外取引に慣れている現地パートナーに協力をお願いするメリットはどんなところにあるでしょうか?
現地パートナーと一口に言っても、デザイン事情に詳しかったり多彩な販路を持っていたりといろいろなタイプがありますので、自社の弱点を補強してくれるパートナーを見つけることが大切です。弊社の場合は、クリエイティブな機能も商社機能もあり、デザイナーから貿易専門のスタッフまで幅広い領域をカバーできる人材が揃っています。その時々のニーズに応じたアイデアが提示できるのは、大きなメリットと感じてもらえるのではないでしょうか。弊社としても、一社一社と丁寧に向き合いながらも、工芸業界全体を底上げできるような国際的な仕組みを作ることができるように、これまでにはない新たな取り組みを続けていきたいと思います。
TEXT:高橋秀和