2017.03.20
日本人デザイナーの力を経済の基盤に乗せて「商品化」する方法【後編】
デザイナーとモノづくりを進めるうえで大切なこととは?
2000年代を代表するデザイン・ベンチャーとして、数多くのアイデアを商品化してきたアッシュコンセプト。代表の名児耶 秀美さんに、日本人デザイナーとのモノづくりの進め方や、メイド・イン・ジャパンの魅力を聞いてみた。
2017.03.20
デザイナーとモノづくりを進めるうえで大切なこととは?
2000年代を代表するデザイン・ベンチャーとして、数多くのアイデアを商品化してきたアッシュコンセプト。代表の名児耶 秀美さんに、日本人デザイナーとのモノづくりの進め方や、メイド・イン・ジャパンの魅力を聞いてみた。
1958年東京都生まれ。武蔵野美術大造形学部在学中にデンマーク人デザイナーのペア・シュメルシュア氏に師事。高島屋宣伝部を経てマーナに入社し、2002年にアッシュコンセプトを設立して独立。生活者とデザイナーがともに楽しめるモノづくりをテーマに、デザイナーブランド「+d」を発信、世界で販売する。2012年には地元・蔵前に直営店の「KONCENT」をオープン。オーストラリアやマレーシアなど、海外にも店を構える。
Paragraph 01
「デザイナーのメッセージをカタチにして世界に届けたい」
そんな想いからアッシュコンセプトを立ち上げ、「+d(プラスディー)」のブランドで、日本人デザイナーたちと共同開発を行ってきた名児耶 秀美さん。世界で2000万個以上も売れた「アニマルラバーバンド」をはじめ、ユニークな商品を開発し、地元・蔵前には直営店の「コンセント」もオープンした。
“ダイヤモンドの原石”であるデザイナーのアイデアを、ブラッシュアップして、経済に乗せて商品化に結びつける--。そんな手腕をもつ名児耶さんに、日本人のデザインや物作りの在り方を聞いてみた。
――これまで日本人のデザイナーとがっぷり四つで組んで商品開発を行ってきたと思うのですが、日本人デザイナーの良さはどういう所にありますか?
「私は資源が少ない日本と言う国において、デザインは日本人がいちばん誇るべき資源だと思っています。そもそもデザインというものは、相手のことを考えながら何かをしていくという行動スタイルです。やっていることは、カタチを作るという行為ですが、アートだってカタチを作る行為でしょう。でも、アートは自己表現として、『自分のため』に行うもの。かたや、デザインは必ず使う人がいて、『相手のことを考えながら』カタチを作る行為です。相手がいるってことは自分本位じゃなくて、思いやりをもって物を作っていくってこと。その考え方や行動様式は日本人が日常的に当たり前のようにやっていることなんです」
――日本人の相手を気遣う “おもてなし精神”がデザインに通じていると。
「そうです。よく“Noと言えない日本人”って言われたけど、たとえばアメリカ人はこういう話をしていても、相手を遮って自分の主張をはじめちゃう。でも、日本人はNoって言うと『相手が傷ついちゃうかな?』とか考えて、その場では言わずに、遠回りしつつも自分の考え方を主張できる。日本は島国だから、まわりとの関係性が凄い大切で、そういう発想が生まれてきたと思うんです。相手を思いやる日本人気質っていうのはデザインという行動そのものでしょう」
――日本人気質を発揮できるのがデザインというフィールドであるならば、実際に世界の評価はどうなんでしょうか?
「いま、ミラノサローネなどで活躍しているデザイナーの多くが日本人です。nendoの佐藤オオキ君だったり、吉岡徳仁さんだったり、深澤直人さんだったり。もちろん、それ意外にもたくさん日本人デザイナーが海外で活躍しています。世界は日本人のデザイン力を認めているし、日本人の物の考え方や礼儀正しさとかそういうものを凄くリスペクトしているんです。ただ日本人はそれに気づいていないことが多くて、そこがいい所でもあります(笑)」
*1
「ミラノ・サローネ」は、毎年4月にミラノで開催される世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ国際家具見本市」の通称。正式名「Salone del Mobile.Milano サローネ・デル・モービレ・ミラノ」。「SaloneSatellite(サローネサテリテ)」と呼ばれる、事前審査を通過した若手デザイナーによる自主展示会場が設けられ、ユニークで意欲的なデザイナーの登竜門的存在となっている。同時期に、ミラノ市街でメーカーやデザイナーの自主的な展示もさまざまに行われる。画一的な出展条件がなく、展示の自由度が高いこれらを総称して「Fuori Salone(フォーリサローネ)」と呼ぶ。165カ国以上から31万人以上の来場者が訪れ、ドイツのケルン国際見本市を超える盛り上がりを見せている。
Salone del Mobile.Milano
イタリア・ミラノ
開催:毎年4月
https://www.salonemilano.it/
Paragraph 02
——確かに日本人のデザイナーは海外で活躍していて認められていますね。一方で世の中には面白いアイデアがあっても商品化には至らないケースも数多くあると思います。名児耶さんは膨大な数のデザインやアイデアを商品化してきましたが、それができるのはなぜでしょうか?
「カップラーメンのフタをするための人形だったり、私はふざけた物ばかり作っているように見られがちですが、実は商品化する際は全てモニター調査をかけています。ユーザーが本当にこの商品が欲しいのかどうか、客観的評価を大事にしているんです」
——モニター調査はどんなやり方ですか?
「グループインタビューが多いですね。以前、務めていたマーナという会社で商品化する際に、『これ売れるかな?』って思ったときに、いちばん意見を聞いてたのは妻だったんです。当時は主婦がメインターゲットの家庭用品を作っていたので、だったら主婦をもっと集めて話を聞こうってグループインタビューをはじめて。それを『+d』でも行っています」
——グループインタビューで話を聞くのはどんな人たちですか?
「買い物の主役は女性だと思うので、女性で20~50代くらいまでで、デザインが好きな人。一応そういう形でセグメントして集めていますが、これは『+d』のターゲット層でもあります」
——ターゲット層に合わせたモニター調査は、どのように商品開発に反映されていますか?
「たとえば、デザイナーとやりとりするときに、相手は自分が作りたい物や考えをぶつけてくるでしょう。で、モニター調査をすることで『ユーザーはここに問題を感じている』とか『ここをもっと変えようとか』って客観的な意見をデザイナーに伝えることができるんです。僕らはデザイナーの言いなりにはならないし、デザイナーの魅力を殺すこともしたくない。だからこそ、モニター調査が大切で、それを基にデザインをブラッシュアップしていくんです」
——なるほど。「+d」のユニークな商品の数々は、デザイナーのセンスや発想だけではなく、モニター調査による客観的評価やニーズを反映して生まれていたんですね。
Paragraph 03
——ところで一般的な企業や自治体が、デザイナーと物づくりを行う際に、「どう進めていいかわからない」というケースもあると思います。そういった方にアドバイスはありませんか?
「肩書きを捨てて考えればいいんですよ。デザイナーを『特別視』しちゃうからダメなんです。デザイナーという肩書きを特別視しないで、気の合った人と本音で話をして、仕事をできるかが重要なんじゃないでしょうか。そして、デザイナーもこちらのガチンコを受けるような懐があるような人とやることが大切です」
——ガチンコでやりあって、デザイナーと喧嘩をしたことは?
「デザイナーと喧嘩? もちろんあるよ。相手も絶対にこれはイヤだとかって引かなかったり(笑)。でも、そういうときは必ず使う人のことを考えるんです。そもそも、使う人が楽しんでくれたり、喜んでくれたり、豊かになってもらうために商品開発を行っているんだから、『君のためでも、僕のためでもない。ユーザーを見ようよ!』って話をするんです」
——「何がユーザーのためになるのか?」という原点に立ち戻るんですね。
「はい、それがないと失敗すると思います。ちなみにデザイナーが企業と物作りを進めるなかで、いちばんイヤなことってわかります? それはね、担当者と企画を進めていて、デザイン提案するでしょう。そしたら後日、『社長が青にしろと言うので、青になりました』とかって、鶴の一声でヒックリ返されること。担当者としては社長が喜ぶから青にしたいんだろうけど、商品を買うのは社長じゃない。本当に社長を喜ばせたかったら、売れる商品を作った方がいいに決まっています。やはりお客さんが喜ぶことをいちばんに考えるのが正解なんですよ」
Paragraph 04
——ここまで日本人のデザイナーについて聞いてきましたが、名児耶さんはメイド・イン・ジャパンにもこだわりがありますよね。それはなぜでしょう?
「以前の会社でコスト下げるために中国生産にして、大やけどしたことがあって(笑)。発注した商品がすべて不良品で、頭にきて『作り直せ!』ってコンテナごと送り返したんです。できたって言うから工場まで見に行ったんですが、これのどこが良品なんだっていうくらいヒドくて……。結局、安くしようとすると高い買い物になるんです。あくまで私の経験談ですが、中国人に8の話をするとサンプルは10が出てきますよ。でも実際の商品は5だったりして、手を抜こうとすることが現実にあります。でも、日本人の場合は8の話をすると12の仕事をしようとしてくれる。もうちょっと手を加えたらもっとよくなるって、やってくれるんです」
——相手の期待値を超えようとする。
「そう、期待値を超えようとするし、そのときに自分なりの遊び心まで発揮してくれます。それって最初に言った日本人のデザイン思考なんですよ。相手のことを考えて、もっと良くしてあげようとか自然と考えるでしょう。だから、日本人は全員がデザインという感覚をもっているんだと思います」
——商品にかけるデザイナーの想いや、デザインの新しさが伝われば、「これはなんとかしてやろう」って工場や職人も頑張るのかもしれませんね(笑)。
「いろんな工場の人とやっていると、その人たちの目がキラキラしてくる瞬間があるんです。どこまで近づけられるか、あるいはそれを超えてやろうとかね」
Paragraph 05
——生産者が面白がって物作りを行うことも大切ですよね。とはいえ、世界的な流れとしては、日本の工場は高いから中国で生産、中国ですら高いからベトナムで生産、などと生産地がどんどん安いほうにシフトしている現実もあります。
「これからは、どうしてもないと困るようなものは発展途上国が安い賃金で買いやすい値段で攻めてくるから、そこをメイド・イン・ジャパンでやろうとしても難しいと思います。それよりも、これからの日本の物づくりが目指すべき方向は、“世の中に必要じゃないもの”。なくてもいいんだけど、あると嬉しくなるようなものを作るべきだと思っています。『いなくてもいいんだけど……アイツがいて欲しい!』みたいな。そんな“恋人みたいな商品”を作りたいんです」
——カップラーメンのフタをするだけの「カップメン」や、いろんな表情で喜怒哀楽を表現した「カオマル」はまさにそういった商品ですね。それらは日本の技術があってこそ製品化できると。
「そうです。はじめにデザインは相手を思いやってカタチを作る行為で、アートは自分のためにカタチを作る行為だという話をしましたが、最近は相手を思いやる気持ちと自己主張がうまく混じり合ったものが、いいデザインじゃないかと思うようになってきました」
——それはデザインとアートの領域が重なる部分ですか?
「はい。『+d』はそこを売りにしようと思っています。使う人のことを考えたプロダクトでも、そこにはデザイナーの主張が入っていて、ちょっとクセがあったり、個性があったりすることが魅力になる。デザインとアートが混じり合ったときに、ドキドキワクワクする“感動”が生まれるんじゃないかと思うんですよね」
TEXT:藤井たかの
PHOTO:岩本良介