2017.03.21
廃業の危機の乗り越え世界に販路を拓いた京和傘屋の物語【後編】
日本の伝統工芸を海外で売るために必要な2,3のこと。
グッドデザイン賞を始め国内で多くのデザイン賞を獲得した西堀さんは、海外の販路開拓へと動く。日吉屋再生の第二幕である。
2017.03.21
日本の伝統工芸を海外で売るために必要な2,3のこと。
グッドデザイン賞を始め国内で多くのデザイン賞を獲得した西堀さんは、海外の販路開拓へと動く。日吉屋再生の第二幕である。
株式会社日吉屋 五代目/TCI研究所 代表
http://www.wagasa.com/
http://www.tci-lab.com/
1974年、和歌山県新宮市に生まれる。京和傘製造元「日吉屋」五代目。「伝統は革新の連続である」を企業理念に掲げ、伝統的和傘の継承と、和傘の技術と構造を活かした新商品を開発し海外市場を開拓。2012年、日吉屋で培った経験とネットワークを活かして、日本の伝統工芸や中小企業の海外展開を支援するTCI研究所を設立。
Paragraph 01
「伝統工芸が生き残る可能性として、デザイン産業の道へ進んだわけです。デザインは1個作っていくら、1時間働いたからいくらと値段が決まるものではありません。100万円でも欲しい人は買うし、1円でも気に入らない人は必要ない。つまり付加価値をどう作るかということですね」
長い間、受け継がれてきた伝統工芸には、機能に加え人を感動させる美しさがあった。その意匠をデザイン照明という形で、現代にアップデートしたのは前述の通り。
「でも市場規模は小さいものでした。照明全体を100としたら、デザイン照明が占めるのはほんの2~3。そこに国内の大手メーカーから海外ブランドがひしめいている。だからニッチに行こうと」
西堀さんの冷静な分析は業界から自己の商品にも及ぶ。
「KOTORIは当時5万8千円もしましたから、1店舗で月に1~2台売れる程度の商品力だろうと。それだと京都市内だけではやっていけません。では、全国の県庁所在地に代理店さんを確保したらどうだろう。50カ所作って月2個売れたら100個ですね。次に、そういう国を10か国作りましょうという発想です。企画書の最後には世界の展示会に出て売ると書きました」
グッドデザイン賞を受賞したことで、審査に通りやすいというアドバンテージを得た西堀さんは、国内の展示会と並行して海外の展示会を攻めた。最初に出店したのがフランス・パリで開催されるメゾン・エ・オブジェだ。高いブランド性で、世界最大規模をほこるインテリアデザインの見本市である。
「当時は何もわかりませんでした。『MAISON』ってこれなんて読むの?って感じで。とりあえず行っただけ(笑)」
海外と比べ日本の家屋は狭い。また日本で一般的な、蛍光灯を用いて部屋全体の輝度を上げる照明はヨーロッパではワーキングトーチと呼ばれる工場の明かりだ。KOTORIも日本向けに作られていたから、初回のメゾン・エ・オブジェでは買い付けに来たバイヤーからは、小さすぎるし、明るすぎると指摘されたそうだ。しかし、そうした出会いやトライアンドエラーが海外での販路を少しずつ広げていった。
「国内でも海外でも、とにかく露出していろんな所に触れないと発見してもらえないわけです。だから展示会にどんどん出て色んな人とのネットワークを増やしていきました」
*1
フランス・パリで年2回開催される世界最高峰のインテリア・デザインの総合見本市「MAISON&OBJET(メゾン・エ・オブジェ)」。世界中のデザインが集まり先端のトレンドが発信され、インテリア業界の「パリコレ」とも呼称される、。ドイツ・フランクフルトの「Ambiente (アンビエンテ)」とくらべて、デザインで魅せることに重きが置かれ、ブランド発信に適していると言われる。小規模なインテリアショップの経営者やデザイナーの来場が多い。
MAISON&OBJET
フランス・パリ
開催:毎年1月、9月
http://www.maison-objet.com/en/paris
Paragraph 02
日吉屋の名が知られるにつれ、国内では企業やブランドからコラボレート依頼が来るようになる。なんと2011年にはファッションデザイナーの桂由美さんから、「Yumi Katsura」ブランドのパリコレでのショーに際してのコラボレーションパートナーのひとりとして選ばれたというから驚きだ。ほかにも茶道家・木村宗慎さん、建築家の矢島一裕さんコラボレーション作品まで手掛けた。
ファッションデザイナーYumi Katsuraブランドとのコラボレーション。和傘のテクニックを駆使したアンブレラスカート(左)と和紙レースによるアンブレラベール(右)[両方ともデザイン/桂由美](2011年YumiKatsura春夏パリオートクチュールコレクションより)
「傘庵」茶道家(木村宗慎氏)、建築家矢島一裕氏とのコラボレーション(写真:ナカサアンドパートナーズ)
「先端の方であるほど、他の人がやらないスペシャルなものを探しておられるんだと思います。それぞれに難易度は高かったですが試行錯誤を積み重ねて、だいたいは何とかして来ました。ぼく自身、職人としては『できない』と言いたくなくて」
職人としては「やってみなければわからない」と難題に取り組む一方、経営者としてはブランディングを意識した。
「いろいろなことを皆さんと一緒にできるクリエィティブな工房ですよ、という打ち出しをしたわけです。その頃から、物を作って売るという事は、クリエイティビティやイメージ、ストーリーを含めて会社のブランド価値を伝えることだと考えていました」
ブランディングへの意識は、西堀さん本人にも変化をもたらした。長い黒髪を後ろで束ねるサムライヘアにイメチェンしたのだ。
「見た目の面白さってすごく大事なんです。傘を貼るサムライは黒澤映画等で向こうでも知られているんですが、デザイン照明を作っていたらギャップがあって気になるじゃないですか? そこを入り口に、商品のプレゼンをする作戦です」
言いながら、西堀さんは机の上にあった小箱から、小さい和傘のようなものを取り出した。
「これは閉じた傘にしか見えませんが」といった瞬間、パッと広がりランプシェードへ早変わり。手品のようなサプライズに思わず声が出た。
「展示会へ来る人は7秒で次のブースに移ります。その間に、サムライ感で興味を引き、デモンストレーションで驚かせ、話を聞いてもらう流れを作る。そこから、和傘1000年の歴史、商品の独創性、実用性を5分程度のストーリーで説明します」
エンターテイメントで飽きさせない構成だ。自分がバイヤーで展示会でこれを見たら間違いなく足を止めるだろうと思った。西堀さんは2008年パリのメゾン・エ・オブジェを皮切りに、ドイツのアンビエンテ、テンデンス、ニューヨークの国際現代家具見本市(ICFF)など世界各国の展示会に参加。現在、約15カ国に代理店を持つまでとなった。
Paragraph 03
西堀さんの活動は日吉屋だけにとどまらない。2012年には自身の経験とネットワークを生かし、海外での販路開拓支援を目的とした合同会社TCI研究所(2016年に株式会社化)を設立した。
「日吉屋の営業品目は傘とランプだけですが、海外でやっていると、他の素材や製品を求められることが多いんです。それで何度か日本の方を紹介したものの、現地に代理店がないため流通しなかったり、商品のPRが不足したりといった問題が起き、うまく繋がらなかったんですね。一方、国内で講演依頼を頂くと必ず傘からランプを扱うようになった経緯を聞かれるわけです。でも1時間では全てをお伝えできない。そんな時、別会社を作って手伝ってくれないかというお話を頂いて、TCI研究所を始めることになりました」
屋号の「TCI」は日吉屋の理念「伝統とは革新の連続(Tradition is Continuing Innovation)」から取られた。職人の技術や、伝統工芸を海外向けに更新、商品企画から開発、展示会の出店、販売までをサポートするコンサルティングが業務だ。
「依頼先の会社に合ったストーリー、希少性、価値を見つけ、職人が作る伝統工芸をデザインする。傘でやったのと同じことですが、いきなりデザイナーさんを呼んでも上手くいかないので、まず現地アドバイザーからニーズを聞きます」
アドバイザーを務めるのは、各国で日吉屋の商品を販売するバイヤー=代理店の責任者。日本の伝統工芸品を海外向けにリファインする際、現地の人がどんなものを求めていて、どの程度の価格なら市場に受けいられるかを提言する重要な役割だ。
「バイヤーは現地で販売しているので、生活習慣や市場の特性を理解しています。そのリサーチからアイデアを聞き、それを元にデザイナーと職人でプロトタイピングに入ります」
また、海外での販売は価格設定が国内と比べてよりシビアになる。流通システムを顧慮すると上代の25%以下で利益が出さねばならず、値段表も2種類必要だという。
「ぼくも最初失敗したんですが、みなさん、つまずくのが値段設定なんです。例えば50ユーロと決めたら小売店、代理店ともに、同じ価格で出してしまう。代理店は当然マージンを乗せ100ユーロでリテーラーに行く。すると50ユーロで買ってますという事態が発生する。これはまずい。だから、展示会では小売店用と、代理店向けにエージェントフィーが入った値段表をそれぞれ用意し、会話の中で、相手が何をやっている人かを探りながら、どちらの値段表を出すかを決めるわけです」
これら海外バイヤーのニーズや現地情報を元にデザイナーや職人と商品開発し、自身のネットワークも駆使して販路開拓を行うノウハウをまとめてメソッド化した手法を、次世代のマーケティング手法「Next Market-in」と呼んでおり、それに基づいたコンサルティングを行っている。
西堀さん自身の経験から繰り出されるアドバイスはとてもプラクティカルだ。TCIでは今まで130社を支援してきたが、日本の商品を海外で売る時の問題点はほぼ共通しているという。
「日本の伝統工芸をやっている人は特に、自分が作っている物が本当に好きで、自分でも使うかってことをまず考える必要があると思います」
革新のない伝統は滅びる。しかし時代が移りゆく時、アイデンティティを残しつつ変化するニーズに応えることができれば、人の心を打つ革新が生まれる。ピンチをチャンスへ。そのために創作者は自身の制作物の特性を把握しておくことが大切だ。
「あと、海外で売る場合、相手国をどこまでご存知かと。もちろん最初は知らなくていいんです。知ろうとする姿勢が大事で。こちらは買って欲しいと思って行くわけです。現地の人はどういうものを欲しがっているのか、こういう風にローカライズしてくれたら使いやすいよって提案があれば、それを受け入れる柔軟さを持つことが最も重要です」
自己主張と同時に世界の流れも尊重する。現実に新しい変化が起これば、古いやり方は一旦脇に置き、自己を新たにする。その姿勢に「無私の精神」という言葉を思い出す。
「外部からの視点で再発見できる自分たちの良さは必ずあります。特に日本はそういうものが溢れている。純粋培養されたガラパゴスみたいな特殊な国ですから。宝の山なのに、相手に伝える姿勢があまりないので、チャンスを自分でも潰していると思うんです」
*1
伝統工芸振興目的に、老舗京和傘工房「日吉屋」代表の西堀耕太郎が設立。アドバイザリー事業では、現地ニーズにマッチした「新商品企画・開発」、「バイヤー向け展示商談会」の開催や世界的な「見本市出展」、その「アフターフォロー」に至るまでの一貫したサポートを行なう。東京事務所所長は堀田卓哉氏。
TCI研究所
日本・京都・東京
住所:
【京都本社】京都市上京区大宮通寺之内半丁下る大北小路東町493 ファーストコート今出川北 7-B
TEL 075-432-8751
【東京事務所】東京都台東区小島2-18-17木本ビル4F
TEL 070-5507-1051
http://www.tci-lab.com/
Paragraph 04
現在TCI研究所は京都市・京都商工会議所と、京都の伝統工芸を世界に発信する『Kyoto Contemporary』というプロジェクトを進行中。経営危機にある職人さんも多くアシストする中、目覚ましい成果を出されたのが西村友禅彫刻だ。
「『Kyoto Contemporary』の公募でお会いした60年続く、友禅染の型紙の職人さんです。もともと、着物のスクリーンプリントで使われる型紙なのですが、レーザーカットやインクジェットが出てきて、需要がなくなりました。面接で拝見した西村さんの型紙は、確かに技はすごいけど、正直あまり感動しなかった。青海波とか桜を着物で見飽きていたんです。で、最後に違うものありますかと訊ねたら、風呂敷包の底から『今、仕事がなくて暇だから彫りたいものを彫ったんです』と飼い猫と仏像の作品が出てきたんです。それを見て一同、感動してしまって。魂がこもっているというか。その人が本当に作りたかったものは伝わるんですね」
紆余曲折あり、現在、西村さんは革に友禅彫刻を施す技術を開発しiPadケースや財布など、一般のお客様向けの商品を作り販売している。
「友禅彫刻の技術を世界の人に知ってもらいたい、売れなくてもいいからと参加されたんですが、ぼくのような若造が言うことをほとんど全て取り入れて頂いて、とても柔軟な方です」
西村さんは海外では「レジェンド」と呼ばれている。名付け親は西堀さんだ。
「個人の方は、本人にスポットが当たるよう、クリエイターとしてセルフブランディングするようアドバイスしています。西村さんは何十年もやられていて作品はもちろんご本人にも大変オーラがあるので『レジェンド』と呼ばせて頂いたんです。そしたらみんなからリスペクトされ、今はいろんな所からオーダーが来ようになりました。パリに行った初めの年は一緒にご飯を食べたんですけど、今年も西村さんを食事にお誘いしたら『今日はアポあってって忙しい』って(笑)。聞いたら 誰もが知っている世界的大手ブランドと仕事をしているアーティストのところに行かれていて……」
西村友禅彫刻が『Kyoto Contemporary』に参加されたのは3年前。廃業寸前から世界で活躍する職人へ。当初は写真もスマホもパソコンもなかったが、今はアイパッドを使いこなし日英仏語のWebも整備しているという西村さん。その復活劇はまさにレジェンダリーだ。
「TCIの事業に参加して頂いた方には、残念ながら上手くいかない方もおられますが、西村さんのような実例も数多く生まれてきているので、それを分析し、「Next Markei-in」理論を、より成功度の高いメソッドにしようと考えています。でもコンシューマのことをよく分かっている現地のバイヤーと一緒に、売れるであろうものを作るという基本は常に同じですね」
TEXT:森田哲徳
PHOTO:山口謙吾
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TCI研究所が受託して実施する、京都商工会議所及び京都市の「京都ブランド海外市場開拓事業。海外展開を目指す京都の中小企業に対して、現地ニーズにマッチした新商品の企画・開発から,バイヤー向け展示商談会や世界的見本市への出展、そのアフターフォローに至るまでの一貫したサポートを行う。
Kyoto Contemporary
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着物の美しい模様で表現する”型紙”を彫刻する友禅彫刻師。繊細かつぬくもりのある技法と表現で、京都市「未来の名匠」認定され、欧州でレジェンドと尊敬される。現代のライフスタイルにあった商品づくりにも積極的に挑戦。海外デザイナーと共同での商品開発も行なう。
西村友禅彫刻