2017.03.21
「日本にないモノ」は「世界にもないモノ」……旧式織機で織り上げる画期的なストール【後編】
海外の「目利き」にかなう希少で良質なストールを
ITOは海外向け商品の開発は行わず、既存商品の良さをきちんと伝える戦略に出る。
テストマーケティングなどさまざまな顧客接点を経て、「希少価値の高い良質なモノ」をハイエンドなショップに卸す方向性が明確となった。
2017.03.21
海外の「目利き」にかなう希少で良質なストールを
ITOは海外向け商品の開発は行わず、既存商品の良さをきちんと伝える戦略に出る。
テストマーケティングなどさまざまな顧客接点を経て、「希少価値の高い良質なモノ」をハイエンドなショップに卸す方向性が明確となった。
クリエイティブユニットSPREAD代表。国内外での個展・デザインプロジェクト活動多数。これまでにイタリア/ミラノ、スイス/バーゼル、ベルンなどで個展を開催。イタリア・ミラノ大学&サンマリノ大学では時間を表現するLife Stripeを通しワークショップ&
セッションも開催。
Paragraph 01
ITOの海外進出にあたって、SPREADの小林弘和さんは、海外向けの新商品開発を行わないと決めていた。
「日本での商品開発で、すでにSKU(単品管理・1アイテムにつき何色と何サイズがあるかを含めた単位)は80を超えていました。それらを再編集し、どこにもないデザインと、それぞれのストーリーをしっかり伝えれば、十分海外に通用すると思ったんです」。
ただ、海外での受賞歴は数あれど、実際に販売するフェーズとなると事情は異なる。まずは「テストマーケティングが必要」と欧州のアドバイザー からの意見があり、さっそく8月半ばにスイスの首都ベルンで開催されるトレードフェア「オルナリス・ベルン」への出展を提案してきた。とはいえ、その申し出は本番の約1カ月前、しかも期間はお盆の真っ只中ということで、工房織座の武田英里子さんの同行は叶わず、小林さんの単独参加となった。
「準備もままならない状況ではありましたが、ちょうどその5カ月前に僕らが個展を行った街だったので、『なんとかなるだろう』と急遽出発しました」
サンプル数点とプライスリストを携えて、単身乗り込んだ「オルナリス・ベルン」で、お客さまから思わぬ反応を受ける。
「プライスリストが不評だったんです。日本ならプライスリストは『必要な情報を網羅し、商品説明や注意書き、価格がわかればいい』という感じ。非常に事務書類的なものです。けれどもそれは『美しくない』『メリハリがなく、パッと見なにが書いているかわからない』と。欧州アドバイザーからも『スーパーの雑貨コーナーで売っているようなものなら、それでいいかもしれないけど、ITOはそうじゃない。私たちが販売代理店として、自信を持って紹介できるようなものでなくてはならない。それは、私たちの信用にも関わることだから』と言われました。もう、まったくその通りですよね」
なかなかお客さまに足を止めてもらえず、落ち込んでいた小林さん。ふと現地のプロフェッショナルな接客を見てみると、ただ流れ作業的に販売するのではなく、あくまで「人と人」との信頼を築くような、コミュニケーションを大切にした接客だった。
「昔ながらの呉服屋のように、『この人は目利きで、いつもいいものがある。だからつい寄りたくなる』と思えるような接客なんです。そういうことか、と勉強になりましたね」。
少しずつお客さまとの距離感を取り戻し、なかでも熱心に話を聞いてくれた数名のバイヤーはITOのストールにいたく感動。「すぐに発注したい」と「バーゼル市立現代美術館」「バーゼル市立現代美術館」のミュージアムショップやフライブルクのセレクトショップ「ボッテカ・エチカ」「ボッテカ・エチカ」などとの商談が成立した。
「日本の見本市では『いったん持ち帰ります』と判断を見送ることがほとんどですが、スイスでは決定権者自ら足を運んでいることも多く、検討してくれた約90%のお客さまが即決してくださいました。あくまで商品規格やデザイン、色、価格などをリサーチするためのテストマーケティングのつもりでしたが、念のため事前に輸送コストや納期などさまざまな条件を整理して臨んでいたため、スムーズに交渉を行うことができました」
*1
「ORNARIS(オルナリス)」は、スイス最大の消費財の見本市で、首都ベルンとチューリッヒで開催される。ビジネス色が強く、真剣な商談が行われる。ホームアクセサリー、手工芸品、文房具、食器キッチン、ファッション、アクセサリーなどを出展は幅広い。
ORNARIS
スイス・ベルン・チューリッヒ
開催:毎年
http://www.ornaris.ch/
*2
世界的な現代アートの美術館として知られる。ミュージアムショップがあり、工房織座の「ITO」が取り扱われている。
Museum für Gegenwartskunst
住所:St. Alban-Rheinweg 60 CH-4010 Basel
http://www.kunstmuseumbasel.ch/en/the-kunstmuseum-basel/gegenwart/
*3
ライフスタイルグッズからギフトまでデザイン性の高いアイテムを揃える高感度なセレクトショップ「bottega ethica(ボッテカ・エチカ)」。
bottega ethica
住所:Rue de Lausanne 32, 1700 Fribourg
TEL +41 (0)26 323 28 26
http://bottega-ethica.ch/
Paragraph 02
テストマーケティングはオルナイス・ベルンに留まらなかった。欧州アドバイザーの知人でもあり、小林さん自身も数年前から交流がある、スイスで活躍するファッションデザイナーのアトリエを訪ね、ファッションやデザインの観点からアドバイスを受けることにした。
「ヨーロッパ向けのデザインは行わないと決めていたものの、実際のところはどうなのか、調整が必要かどうかを聞きたかったんです」。
素材やカタログ表記、製品タグのルール、パッケージや販売方法、ファッショントレードショーの参加方法など、ファッションビジネスに身を置く彼女から具体的なアドバイスを受けた。
「日本で暮らし、日本の感覚で『これがいい』と思ってやっていることを、『変えるべき部分』『変えなくていい部分』に仕分けることは、なかなか難しいことでした」
指摘されたことの例をひとつ挙げれば、パッケージ。日本ではカジュアルなものが市民権を得ていて、「良いものを気軽に着こなす」ことが良しとされている。けれどもヨーロッパでは、ハイエンドのものはハイエンド。あまり体裁をカジュアルにしてしまうと、安っぽく見えてしまう。そのため、海外用の箱パッケージを用意することにしたのだという。
ファッションデザイナーは工房織座の技術に感銘を受け、新たなアドバイザーとして親身になってサポートをしてくれた。「スイスは『クラフト』や『いいもの』をとても大事にしている国。職人がつくるプロダクトを高く評価するスイスで、ITOを販売することはとても意義深い、と話してくれました」。
さまざまなタイミングや偶然が重なって、海外進出の足がかりとなったスイスだったが、結果的にITOにとっては最善の選択だった。
2015年11月、スイス・チューリッヒで行われた「ブリックファング」「ブリックファング」に出展。この見本市は一般の方も来場し、直接購入できるのが特徴で、他にもドイツ・ミュンヘンやオーストリア・ウィーンなどの都市で開催されている。
「8月の時点で、アドバイザーからブリックファングへの出展をすすめられていたのですが、準備が間に合わないとあきらめていたんです」。
それが急転直下、ファッションデザイナーに紹介してもらった販売代理店のブースの一角で、出展することが決まったのだ。しかし、それは開催日の1週間前。輸送はおろか、ストールの生産さえ間に合うはずもない。「直接その場で購入できる見本市」にもかかわらず、サンプル展示による受注生産となった。結果は、来場客から複数のオーダーを受注。ITOの海外での可能性を後押しするものとなった。
とはいえ、海外では時にタフな出来事がつきもの。「ブリックファング」で協力してくれた販売代理店からパリの「メゾン・エ・オブジェ」への出展を打診され、急遽開催の1週間前に商品サンプルを発送。だが、実際の会場にはITOの展示ブースはなかった。販売代理店のブースが急遽縮小されることになり、やむなくITOの展示を取りやめたのだった。結果として、このアパレル系販売代理店との展開ルートは消失してしまうこととなる。
*1
ドイツのシュトゥットガルト、ハンブルグ、スイスのバーゼル、チューリッヒなどの都市を巡回する世界的なデザイン見本市「Blickfang(ブリックファング)」。業界関係者だけでなく、誰でも気軽に来場でき、会場で購入もできるため欧州で非常に親しまれている。
Blickfang
ドイツ・シュトゥットガルト・ハンブルグ、スイス・バーゼル・チューリッヒ、オーストリア・ウィーン
開催:毎年
http://www.blickfang.com/
Paragraph 03
だが、当初から協力してくれたアドバイザーのサポートが命綱となる。2016年2月、フランクフルトで開催される「アンビエンテ」にアドバイザーの協力により出展することとなった。今回は十分に展開スペースを確保しての出展だ。前回苦渋を飲んだプライスリストについても改善した。ブランドのフィロソフィーとストーリーを正しく伝える写真集形式のブランドブック、そしてわかりやすく、メリハリを持たせながらも必要な情報を記載したプライスリストの2つを併用する形式をとった。
アンビエンテでは、スイスのオルナリス・ベルンほど「即断即決」ではなく、日本と同様、持ち帰って検討するところが多かったものの、評価は高く、いくつかのオーダーを受注。オーストリア・ザルツブルグの「メンヒスベルク近代美術館」「メンヒスベルク近代美術館」のミュージアムショップをはじめ、セレクトショップなど新たな取引先を開拓することができた。
「結果論ではありますが、ヨーロッパでルートを構築できたのは、ミュージアムショップやハイエンドなセレクトショップばかり、しっかりしたビジネスを行ってきているアドバイザーが販売代理店として引き続き関わってくれることがベストでした」。
ヨーロッパでは「セレクトされ、店頭に置かれること自体がステータス」となるミュージアムショップ、そしてハイエンドなライフスタイル系コンセプトショップにITOを置くことは、それだけ「高感度でモノの本質がわかる」消費者に届く可能性が高くなることは言うまでもない。
ただ、それは日本と海外でMD(マーチャンダイジング・商品戦略)に微妙な変化が生じることを意味する。日本では「WAVE」「FLASH」など、中価格帯のエントリーモデルが人気商品だが、ミュージアムショップやハイエンドなセレクトショップとなると、「BOOK」「STEP4」など「四重平織り」「多重織り」の技法を使った、高価格帯かつ複雑なデザインのものの人気が高い。
「職人技で一枚一枚作るものだから、製作に充てる時間は限られています。あまりオーダーが来すぎても忙しくなるし、正利さんが『独自に行なう開発』に充てる時間がなくなってしまうのもマズい。たとえば、海外ではニーズがあるけど、そこまで数が出るわけではない商品を受注生産にしたほうがいいのか、でも基本的にはきちんと売れていかなければ成り立たないし……どんなバランスでやっていくのが最善なのか、かなり難しい判断を迫られることも多々ありました」
検討の結果、海外ではある程度型数を絞り、販売代理店を介して戦略的に商品を販売していくこととなった。バーゼル市立現代美術館、ボッテカ・エチカといった、オルナリス・ベルンで出会った取引先は、重要な販売ルートとなっている。アンビエンテを終えた後、小林さんたちは既存の販売店を回った。最後に立ち寄ったボッテカ・エチカでは、エキシビションとパーティが催され、オーナーや顧客たちとの交流がなされた。
「スイスでは、小さな個人商店がしっかりと存在感を持っている。フライブルクという小さな都市でも、ボッテカ・エチカのようにハイセンスなショップが受け入れられています。『大きさ』を目指すのではなく、『小さい』からこそ、キラリと光る『本当にいいもの』を志向すること。それはITOにも通じるものだと考えさせられました」
ITOの魅力を深く理解し今も取引が続く「バーゼル市立現代美術館」。写真はフェア開催時のもの
MORE THAN プロジェクトはいったん一区切りを迎えたが、ITOの海外進出は続く。東京の小林さんたち、今治の武田さんたち、そして欧州のアドバイザーたちは今でもSkypeなどでコミュニケーションを取っている。少しずつ小林さんたちのウェイトを英里子さんへ引き継ぎ、メーカーと欧州のアドバイザーが直接やりとりすることも増えてきた。
小林さんたちは、以前から手がけてきた「工場の祭典」「工場の祭典」に加え、「CASA GIFU」など地方にあるものを再構築・デザインすることが続いている。
「やはり、『モノ』ありきなんです。ストーリーが前に立ち過ぎるのはちょっと違う気がする。『モノの良さ』が先にあって、ストーリーは少し後ろから、寄り添うようについてくるのが理想です」。
スイスにいる友人で、とあるデザイナーの言葉が印象に残っているのだという。
「日本はよく『和室』をそのまま海外に持ってきたような展示をする。もちろん、『日本好き』の人なら、それを魅力的に感じるかもしれない。けれども果たして、そんな人は大勢いるのだろうか」……。
「彼曰く、ミラノやパリ、フランクフルトなど、ヨーロッパの各都市にいる『目利き』に届くようなプレゼンをするべきだ、と。確かに、海外の友人と話していて、『これは日本の〇〇で買ったんだ』と見せてくれるものは、和室に飾ってあるようなものではなく、あくまで『いろんな国から見つけたいいモノのひとつ』。つまり『普遍的な良さを持つモノ』なんです。ITOは今治で作られ、今治のストーリーが背景となっている。ただ、それはアイデンティティのひとつであって、『他のどこにもないモノ』というのが重要。ことさらに『日本』と声高にせずとも、ここで生まれた風土はにじみ出てくるものだと思います」
Paragraph 04
MORE THAN プロジェクトはいったん一区切りを迎えたが、ITOの海外進出は続く。東京の小林さんたち、今治の武田さんたち、そして欧州のアドバイザーたちは今でもSkypeなどでコミュニケーションを取っている。少しずつ小林さんたちのウェイトを英里子さんへ引き継ぎ、メーカーと欧州のアドバイザーが直接やりとりすることも増えてきた。
小林さんたちは、以前から手がけてきた「工場の祭典」「工場の祭典」に加え、「CASA GIFU」など地方にあるものを再構築・デザインすることが続いている。
「やはり、『モノ』ありきなんです。ストーリーが前に立ち過ぎるのはちょっと違う気がする。『モノの良さ』が先にあって、ストーリーは少し後ろから、寄り添うようについてくるのが理想です」。
スイスにいる友人で、とあるデザイナーの言葉が印象に残っているのだという。
「日本はよく『和室』をそのまま海外に持ってきたような展示をする。もちろん、『日本好き』の人なら、それを魅力的に感じるかもしれない。けれども果たして、そんな人は大勢いるのだろうか」……。
「彼曰く、ミラノやパリ、フランクフルトなど、ヨーロッパの各都市にいる『目利き』に届くようなプレゼンをするべきだ、と。確かに、海外の友人と話していて、『これは日本の〇〇で買ったんだ』と見せてくれるものは、和室に飾ってあるようなものではなく、あくまで『いろんな国から見つけたいいモノのひとつ』。つまり『普遍的な良さを持つモノ』なんです。ITOは今治で作られ、今治のストーリーが背景となっている。ただ、それはアイデンティティのひとつであって、『他のどこにもないモノ』というのが重要。ことさらに『日本』と声高にせずとも、ここで生まれた風土はにじみ出てくるものだと思います」
TEXT:大矢幸世