2017.04.07
「売りたい相手のことを知る」 ― 世界を狙うために“日本がもっとやれること”
ロンドンの大手デザイン・コンサルティング会社に勤めながら、個人的なミッションとして伝統工芸の江戸切子(江戸で始まったカットグラス工芸)や、高級和食器の海外販路開拓などを行う池田武央さん。現地に住む日本人だからできる入念な戦略や、世界を狙うために、“日本がもっとやれること”を聞いた。
2017.04.07
ロンドンの大手デザイン・コンサルティング会社に勤めながら、個人的なミッションとして伝統工芸の江戸切子(江戸で始まったカットグラス工芸)や、高級和食器の海外販路開拓などを行う池田武央さん。現地に住む日本人だからできる入念な戦略や、世界を狙うために、“日本がもっとやれること”を聞いた。
2007年よりロンドンのデザイン・コンサルティング会社で大手企業とのブランド戦略や新商品企画に従事。その傍ら、日本の技術や伝統工芸が欧州市場で販路を開拓するため、現地パートナーとして、海外市場向けのPR活動や欧州市場における専門家インタビューなどを行う。2016年、池田武央デザイン事務所を設立。
Paragraph 01
―池田さんが江戸切子のプロジェクトに関わるようになったきっかけは?
まず背景として、私はいまロンドンの「シーモアパウエル」というデザイン・コンサルティング会社で働いていて、大手企業のブランド戦略や新商品の企画などを行っています。以前から会社で培ったデザインスキルやネットワークなどを日本の伝統工芸に活かしたいと思っていたところ、2012年頃に江戸切子を製造・販売する「堀口切子」の堀口 徹さんと出会いました。実は私の出身は墨田区の錦糸町です。江戸切子は墨田区や江東区、江戸川区など、自分が小さい頃に遊んでいた場所が発祥だからとても親近感があって、「ぜひお手伝いさせてください!」という話になったのです。
―それが、後の江戸切子の技術を活用した和食器の輸出を狙った「WASHOKU Cut-Glass」のプロジェクトにつながるんですね。
はい。お手伝いを始めた当初よりも次第に作業量も増えてきたので、仕事としてきっちりやりたいと考え、昨年ロンドンに会社を設立しました。現地パートナーにはPRの専門家であるティム・ダンカンというイギリス人男性と、ロンドンの富裕層に精通したアマンダ・ジャップという女性がいます。この3人のコアチームで色々な活動していて、現在は高級和食器ブランド「Ozen」の海外市場向けPRなども手がけています。
Paragraph 02
―ロンドンに10年以上住んでいる池田さんから見て、日本企業の海外進出の手法はどうですか? 国際的な見本市に出展するのが一般的だと多いと思いますが。
海外で見かける展示会は “文化PR的”なものが多いように見受けられます。商売うんぬんではなく、日本の美しさを伝えようというものが中心ですね。そもそも日本の工芸は美しいですし、そうしたイベントには日本ファンの方々も多いので、みんな「ビューティフル!」と言ってくれますが、その人たちは必ずしも「買う人」ではないんです。
―文化PRだけでは、商売につながらないと?
はい。目的としていちばん理想なのは、ちゃんと海外市場に商品を落とすという結果にコミットすることではないでしょうか。文化PRは大切ですが、同時進行で売ることを目的にした活動が必要です。そうしないと、作り手には次の弟子を雇うためのお金が入らないし、自分の作品が海外で売れて評価されているというモチベーションを得られません。現地パートナーやメディア、ディストリビューターといったキープレーヤーと接触して、少しでも打率を上げるよう努力する必要があるんです。だからこそ、海外の展示会に英語が流暢に話せるスタッフがいなかったりすると、やや違和感を感じます。
―では、海外の展示会で成果を生むために必要なものは?
事前準備です。それによっていくらでも結果が変わります。伝えたいことを日本から持って来てそのまま伝えるのではなく、どう伝えれば現地の人にいちばん刺さるのかを理解したうえでコンテンツをつくることが必要です。
Paragraph 03
―事前準備についてもう少し詳しく教えてください
大きな考え方として、私が日々行っているデザインプロセスには「気づく」「考える」「つくる」「伝える」という4つのステップがあり、どんなプロジェクトでもここから外れることはありません。日本人の場合はつくることが上手だから、大手企業も中小企業も伝統工芸もひたすら素晴らしいものをつくってきた。ただ、気づくことや伝えることには十分な時間がかけられてこなかった。成功するためにはこの4つがすべて整っていることが必須で、プロジェクトを進める際は4つのなかで何ができていないかを、全体のプロポーションから考えます。
―日本の海外出展は「考える」「つくる」だけをやっていて、その前後の「気づく」「伝える」はまだ十分ではないと?
そうです。例えるなら、何が食べたいかを聞く前に、やみくもにカレーをつくったり、折角つくったカレーの存在にみんなが気づいていなかったり。そして、「伝える」には事前準備が必須で、台本がないと大事なことは伝えきれません。
―展示会のために台本をつくるんですか?
はい。大規模な展示会の場合、一顧客と対話する時間が限られているので、短い時間で効率よく、自分たちが伝えたいことを伝える必要があります。また、プロジェクトの理解をチームでシェアする意味でも、台本は必要です。手順としては、僕がやりたいことや伝えたいことを文字でバーッとおこして、PRの専門家であるティムとシェア。その膨大な内容を賢く濃縮して、「パッ」と伝わるような英語の表現やキーワードを考えます。こうやって、事前に言いたいことを整理しておくと、後にその文章はリーフレットやウェブサイトなどに転用できるんですよ。
―かなり入念な準備ですね。やはり、日本の企業が現地のパートナーと組まずにやるのは限界がある?
日本人だけでやるのは100%無理だと思います。それは人種や国の問題じゃなくて、「売りたい相手のことを十分理解しないで売ろうとする」ことに無理があるかと。たとえば、日本企業と仕事をすると会議室に男性しかいないことが多いです。言い方は悪いですが、中年のオジサンがいくら頭をひねっても、女性が欲しい口紅はわかりませんよね。口紅だと実感がわかないかもしませんが、これが白物家電だったらどうですか?白物家電の話をしているのに会議室に男性しかいないとか。同じ構図が伝統工芸にもあって、「欧州の富裕層をターゲットにしたい!」としながらも、会議室に欧州の富裕層はいないし、コネクションがある人や富裕層を知っている人もいない。果たして、そこで具体的な議論ができるのか。海外に販路を拡大する際は、自分たちが売りたい人は誰なのかを具体的に決め、その人たちとの接点をつくって理解し、充分なインサイトを得てから展示会に望むことが大切です。ですので、僕はリサーチの部分を非常に重視しています。
Paragraph 04
―全体の予算のなかでリサーチがしめる割合はどのくらい?
1/3は使っています。特に大切なのは人に話を聞くエキスパート・インタビューです。
―それは多いですね。インタビューではどんなことを?
高級和食器の場合は、多種多様な和食器をプリントしたカードを300種類用意して、ロンドンの富裕層10人に「どの柄や形が好きですか、きらいですか?」「どんなときに和食器って使いますか」と、ヒアリングをしました。地味な活動ですが、これにより彼らがなにを選ぶのか? 大きさはどのくらいなのか? どんなシーンでそれを使うのかなどがわかってきます。そこからはじめて、「ホームパーティをメインターゲットにしよう」とか「こんなメッセージで届けよう」といったことが考えられるんです。
―江戸切子のリサーチはどうでした?
最初は美術館のキュレーターやギャラリーのオーナーなど、10人にインタビューをしました。直近の話では、2016年9月に行った「TWO PERSPECTIVES ON THE WORLD OF JAPANESE CUT GLASSというイベントがあります。
ヒアリングを行うなかで「江戸切子を、ロンドンの文脈と合わせて紹介してくれると親近感がわく」というヒントを得たので、それを基にイベントをつくりました。堀口 徹という江戸切子をつくる日本の職人と、かつて日本にカットグラスの技術を指導した英国人のひとりジェームス・スピード氏の玄孫で、江戸切子歴史家であるサリー・ヘイデン女史によるクロストーク形式。江戸切子を2つの目線で話すイベントです。英語があまり得意でない堀口さんの魅力を十二分に伝えるために、事前に江戸切子や堀口 徹という人間を紹介するショートフィルムを製作させて頂きました。
―フィクションとノンフィクションの中間のような素敵なフィルムですね。これを見ると一発で堀口さんのファンになりそう。ちなみにイベントの成果は?
100人ほどの方々にお越しいただきました。事前にご招待したノッティング・ヒルにある「Native & Co」というセレクトショップのオーナーが、「店で扱いたい!」と言ってくれて。後日テストでお店に置いたらドンドン売れたので、結果長期的に取り扱ってもらうことになりました。大きな見本市に出展するのも手ですが、極端な話、それと変わらない予算で50〜100人規模の自社イベントを企画できます。ゲストの数に限界はありますが、心理的な距離感が近いのでビジネスになりやすい面もあるんです。
Paragraph 05
―最後に、もしも池田さんに仕事をお願いする場合はどういったダンドリになりますか?
いちばんやりやすいのは大きなゴールを一緒に考えて、まずは予算を伝えていただくこと。目的と予算に合わせて、まずは「気づく」のインタビューだけをやったり、バランス良く全部やったりといろいろです。たとえば、今年の予算はこれだけだから、ゴールに向けてまず「気づく」の部分だけやりましょうとなります。今年の予算でロンドンの富裕層5人にインタビューしたら、来年は10人聞くとか。結局、積み上げだと思うんです。そうやっていくうちに蓄積されて、現地に協力してくれる人のネットワークやコネクションが広がり、ジワジワとビジネスの可能性があがっていきます。
―“打ち上げ花火”とは真逆な地道な活動ですね。
小粒でも地道にゴールに向かって事業を積み重ねて行くことが、海外の販路開拓には重要です。そのためには、信頼できる現地のパートナーと一緒に、「売りたい相手のことを知る」ことが先決。海外の展示会出展が“思い出づくり”で終わらないよう、日本のみなさんはもっと事前準備に労力やコストをかけて欲しいし、長いスパンで海外進出を狙ってほしいです。
TEXT:藤井たかの