2017.06.09
海外に“伝わる”ブランド創りとは?
座学や本では学べない、リアルな戦略
現代アートの世界で審美眼を培い、企画制作・マネージメントの経験を積んだ後、現在は日本発の世界的ブランド創りに携わっている鶴本さん。そのプロフィールから、仕事ぶりも優雅でスタイリッシュなものと思いきや、そこには教科書的なマーケティングやブランドに関する書籍では学べない、リアルな戦略とたゆまぬ努力があった。
2017.06.09
座学や本では学べない、リアルな戦略
現代アートの世界で審美眼を培い、企画制作・マネージメントの経験を積んだ後、現在は日本発の世界的ブランド創りに携わっている鶴本さん。そのプロフィールから、仕事ぶりも優雅でスタイリッシュなものと思いきや、そこには教科書的なマーケティングやブランドに関する書籍では学べない、リアルな戦略とたゆまぬ努力があった。
株式会社ナガエプリュス ブランドマネージャー
女子美術短期大学卒業後、ニューヨークと東京を拠点に、現代美術家コラボレーターとして、作品制作、マネージメント、企画に携わる。
2007年から2014年まで「SUSgalleryブランド」マネージング&クリエイティブディレクターとして、世界的に例を見ないチタン製ハイエンドテーブルウエア「SUSgallery 真空チタンカップ」のブランディング、商品開発、製造管理から流通開発までをトータルで行い、日本国内のテーブルウエアブランド、一流流通を作り上げる。2015年より富山県高岡市の株式会社ナガエを母体とする「NAGAE+」の取締役ブランドマネージャーに就任し、高岡の脈々と受け継がれてきた金属加工技術を軸に、メイドインジャパンのプラットフォームブランド創りをスタートさせる。
Paragraph 01
―「NAGAE+(ナガエプリュス)」のブランドマネージャーに就任されたのは、どのような経緯から?
実は、ニューヨークのギフトショーに私が前職で出展していたときに、「NAGAE+」の現社長が海外戦略でリサーチにNY NOW会場に来ていて、「どうですか、海外市場は?」と質問され、私は「海外は大変です。本気でやる気がないなら、やらない方がいいです」と言って。株式会社ナガエが出展する前の年のことです。
―そのとおりなのでしょうが、なかなか手厳しいコメントですね。
ええ。そのときに出会って、ニューヨークのエージェントなども紹介しました。そして、現地で日本から海外に進出しようという方々ともご一緒に情報交換するうちに、現社長の考えていることと、「プラットフォームブランドを創りたい」という私のライフワークとしての考え方が合って、自然にパートナーになっていきました。
―プラットフォームブランドとは、どのようなものですか?
「NAGAE+」の製品は自社工場の技術のみならず、協力工場や他社工場の継承されてきた技術との協働によって、世の中に出せるものです。そうした日本のローカルな基盤をベースに、世界市場に高い価値を提供できるプラットフォームを創り上げ、グローバルなブランドにしていく。ローカル発「グローカルブランド」、そんなイメージですね。
Paragraph 02
―そのようなブランドにするための全体プランはあるのですか?
はい。10年先イメージを持っていまして。短期・中期・長期のプランを立てて、10年後にはどうなっていて、海外のパートナーシップも何カ国かに、といったかたちで目標を立てます。そこから、1年のプランを決める。例えば1年先のニューヨークの展示会に出展するには、今日何をすべきかということがおのずと明確になっていきます。
―アクションの前に、しっかりとプランを立てるわけですね。
まず「NAGAE+」を“世界のブランドにする”ためのビジョンがあって、その下にリサーチがあって、それからアクションということだと思います。航海図と行く先を決めずに、船を出すことは出来ないのと同じで。途中で嵐が起こるかもしれないし、もっと良い航路になるかもしれない。変更はしてもいいと思いますが、方向性、つまりビジョンを決めておくべきだと。
―おそらく、そういう経験がない中小企業などの場合、最初にビジョンを創るのがかなり難しいと思うんですけど。
そうですね。自社でビジョン作りが難しい時、外部の目線も大事だと思いますが、それでかじ取りを間違える恐れも出てくるので、外部から人材を得てビジョンを作りたいと思ったら、しっかりとコミュニケーションを取り、「この人なら!」と信頼できる人と組めば、独自の良さや可能性、世界に誇れるものを見出して自社のビジョンを一緒に作り上げていけるかもしれないですね。
Paragraph 03
―「NAGAE+」のビジョンは、どのように創り上げたのですか?
私がブランドのコンセプトを考えるとき、そこには「サステナブル(持続可能)」という軸があるんです。その土地で、脈々と受け継がれてきたものの価値ともいえますね。高岡には脈々と受け継がれてきた仏教美術や茶道具の文化の技術があります。瑞龍寺(ずいりゅうじ)というとても美しいお寺があるんですが、それは京都や金沢を代表する美のような豪華絢爛なものとは違う、“控えめ”で落ち着いたしっとりした美しさを讃えていて、私にとってその美が高岡の美を象徴していると感じました。その高岡の美を核にして、素材に徹底的にこだわりながら、伝統の技と先端技術を結びつけることで、今のライフスタイルに合った、今の生活者にふさわしいものにしようと。
―ただ伝統の工芸や技術を守る、ということではないのですね。
伝統工芸を現代の生活の中でそのまま生かす事は難しい所も有り、マーケットが広がりにくく、それでは、後継者を育てることも難しくなり、その職人さんが受け継いできた伝統も途絶えてしまいます。ですから、今のライフスタイルの合った開発をすることで製品として売れて、その技術も継承していける、という意味でもサステナブルなブランドを目指しているんです。「NAGAE+」の“美という光で世界を輝かせるブランド”というコンセプトにも、そうした思いが込められています。
Paragraph 04
―ビジョンとリサーチが固まってきたら、次はアクションですね。
時間は限られていて、仕事の1本の電話をかける、これはアクションですね。ビジョンをきちっと共有して、それならどういうところで販売しよう、この本に載りたいとか、すべての戦略は海外でも同じで、アメリカならあの高級デパートには置いてほしいなど。会社の戦略として、そうした電話1本にしても、何をする、しないを、常にビジョンに立ち返って決め、すべてのアクション起こすことが重要だと。
―海外の展示会に出展したものの、あまり成果が得られなかったというケースもあるようです。
展示会であれば、「NY NOW(毎年、ニューヨークで開かれる生活用品やライフスタイルに関する展示会)」に出ます、というのがアクションではないんです。より良い場所にブースを持っていて、いい顧客を抱えているエージェントと契約し、出展、その顧客に合いそうな商材を英語ができるスタッフがきっちりと伝える。その為の準備を完璧にする、それでアクションはそこまでのリサーチをした上で起こすべきではないでしょうか。
―ビジョンを共有し、すべてのアクションにつなげるには、何が必要ですか?
1年先、あるいは10年先の大きな目標を達成するための情報共有と、現実的な成功体験を一つ一つ重ねることが大切だと思います。一番シビアなところなんですけど、数字、ビジョンを達成するための一つ一つのアクションである事を社内で共有、各自で一つ一つ達成した認識をしていく事でしょうか。
Paragraph 05
―鶴本さんは普段、ビジョンをスタッフにどのように伝えているのですか?
私がいつもスタッフに言っているのが、「“作業”をしないで価値を創る・伝える」ということ。“作業”というのは、右から左に上司に言われたからやる、というような仕事のしかたですね。その仕事で価値を創っているか、価値を伝えているかを考えてみんなが「NAGAE+」を世界のブランドにするために、「うちで作った商品がニューヨークやパリで、こういう人たちの生活を輝かせていくんだよ」というビジョンを共有することで、それこそ本当に1本の電話であったり、何もかもが変わっていくのかなと思います。
―「やらされている」という感覚をなくすことでしょうか。
実際に、デパートでのディスプレイ設営などでもスタッフから「(指示されたように)とりあえずやりました」と言われたことがあって、そのディスプレイにスタッフ自身がときめいているかを尋ねました、でも、憧れられるブランドのものに、ときめかなければ絶対欲しいと思わないんですよね。買う側もそうだし、スタッフがときめいていなければまわりの人々もときめいてくれる訳がない、自分たちが作った物が海外に出ていくって素晴らしい、それで売り上げも増えて、夢のある仕事をやっているんだと思えるよう、社内モチベーションを高めることも大事です。
―スタッフのアクションも、誰かに任せてしまうのではないのですね。
やっぱり座学だと、すぐには身体化しないので、経験を通して学んでいくものでしょうね。そして、失敗を活かして「こんなに素敵になった!」ときめきが伝わり、売り上げが上がったという成功体験も。そうしたアクションを人任せにしないで、顧客から素晴らしい評価を得たことを経営陣やスタッフにフィードバックしていく。そんなふうにして社内での“ときめき”みたいなものが生まれたら、すごくいい循環ができて、ブランドの価値や力が海外にも伝わっていくのではないでしょうか。