2016.07.26
試行錯誤の末に実現した苔玉の世界展開とサステナブルなモデル化【前編】
新潟の苔玉をパリに! 輸出の問題を乗り越えてローカライズ
日本でも有数の苔玉の産地である新潟県。サステナブルな環境で育てた新潟の苔玉を、
パリの見本市に出展するため現地調査や商品開発を行うが、輸出の仮説はことごとく外れる……。
それを乗り越えて苔玉はローカライズされていく―—。
2016.07.26
新潟の苔玉をパリに! 輸出の問題を乗り越えてローカライズ
日本でも有数の苔玉の産地である新潟県。サステナブルな環境で育てた新潟の苔玉を、
パリの見本市に出展するため現地調査や商品開発を行うが、輸出の仮説はことごとく外れる……。
それを乗り越えて苔玉はローカライズされていく―—。
一般社団法人モア・トゥリーズ 事務局長
http://more-trees.net
株式会社モア・トゥリーズ・デザイン 代表取締役
http://more-trees-design.jp/
慶応義塾大学経済学部を卒業後、(株)クボタで環境プラント部門に従事。2007年坂本龍一氏の森林保全団体「more trees」事務局長に就任。木製品やエコツーリズムのプロデュースも手がける。
Paragraph 01
「仮説の半分は当たっていて、半分は想像とはかけ離れたものでした」
そう話すのは、モア・トゥリーズ事務局長の水谷伸吉さん。新潟の苔玉をパリのマーケットに展開するため、綿密な仮説をいくつも立てて現地に望んだが、待っていたのは「想定外」のことばかりだったという……。
そもそもモア・トゥリーズは森の再生活動や木にまつわる商品の企画・プロデュースなどを手掛ける森林保全団体だ。2010年からは新潟市秋葉区の里山の森林整備で生まれる間伐材からつくられた木材ペレットを使った取り組みを行う「WPPC(木質ペレット推進協議会)」と業務提携を結んでいる。
新潟市秋葉区はかつて産油量日本一となった「石油の里」で、以前は園芸用のビニールハウスを運用するのに重油を使っていた。だが、「地下資源に頼らずに地上資源でいこう」という考えから、WPPCは木質ペレットを燃料にしたヒーターで植物を育てるスタイルの普及に力を入れていた。
「化石燃料を使わずに育てた花木を環境的な付加価値をつけて海外に売り出そうと思ったんです。特に地元ではアザレアという品種の生産量が高いのですが、新潟は日本でも有数の苔玉の生産地でもあります。そこで、和のテイストをもつ苔玉をパリに輸出しようと。それも苔玉に花木を乗せてテーブルウェアにしようと思ったんです」
水谷さんの想いもあり、2014年度の「MORE THAN プロジェクト」に採択され、苔玉を輸出するプロジェクトが始まった。
スローガンは、「苔玉をパリへ!」
「東ヨーロッパを中心に当時は盆栽がブームになっていたので、盆栽に近い苔玉はきっとウケるだろうと考えた。それも園芸用品ではなく、インテリアやテーブルウェアとして、よりハンディでライトなスタイルで。例えば、苔玉を有田焼の皿の上に載せるとか、いろいろなカスタマイズができるはず。また、和食との親和性が高いという仮説から、近年、日本食がブームになっているパリを攻めようと思いました」
目標は、2015年1月にパリで行われるインテリア・デザイン見本市「メゾン・エ・オブジェ」に出展すること。同時にそれは水谷さんの苦悩の始まりでもあった……。
Paragraph 02
苔玉をパリに輸出するにあたり、現地での協力者が必要だ。それに関して言えば、水谷さんは幸せな出会いを呼び寄せる“強い引き”をもっていたようだ。
でき過ぎな話だが、かつて苔の「修行」のために新潟を訪れていたアドリエン・ベナール氏という人物がいて、彼がパリ市内に苔玉ショップをオープンさせていたことがわかったのだ。「とにかくベナール氏に会って話を聞きたい」そんな想いで、現地リサーチを兼ねてパリへ飛んだ。2014年9月のことだった。
ベナール氏(中央)とWPPCのメンバー
ベナール氏の苔玉ショップ「AQUAPHYTE」
「ベナール氏は我々を好意的に迎えてくれました。彼にヒアリングすることで、重要な苔玉事情も見えてきました。例えば、苔はパリの園芸市場で簡単に手に入るので、わざわざ日本から送るメリットは薄いとか。パリは日本より乾燥しているため頻繁に水やりをする必要がない苔玉を使っているとか。フランス人は手入れを省きたがるとか(笑)」
気候の違う日本とフランスでは苔事情がずいぶん違った。日本でしか手に入らないと思っていた苔玉も案外パリでも簡単に手に入るかもしれない。急ぐ足でパリのホームセンターやフラワーショップへ足を運んでリサーチした。
「フラワーショップでは主に中国産やインドネシア産の安価な“盆栽もどき”が売られていました。苔玉も盆栽と同様にすぐにパクることができます。模倣品対策としてパッケージやネーミングでの差別化が必須だと強く意識させられました。また、当初は『ホームセンターに卸す』『ベナール氏の店に卸す』『レストランに卸す』と、いくつか仮説を立てていましたが、ホームセンターの可能性はこの時点で消えました。ここで売るには価格を下げなければならず、それによりコモディティ化(差別化できないこと)するのはありえないなと」
追い打ちをかけるように、手入れが不要なイミテーションの苔玉も雑貨店などで販売されていることもわかった。ことごとく仮説を覆された初めての現地調査。さらに“別の角度”から問題が浮上する……。
*1
苔玉の産地・新潟に滞在経験があり日本苔技術協会の会員でもある、アドリエン・ベナール氏が手掛けるパリ17地区の苔玉ショップ「AQUAPHYTE」。ベナール氏は、「MASUMOSS」のディストリビューターでもあり、「AQUAPHYTE」でも「MASUMOSS」を取り扱う。
AQUAPHYTE
住所:18, rue des Vallées,92700 Colombes
http://www.aquaphyte.com/
*2
パリの盆栽ショップ。盆栽の販売から剪定の方法、育て方まで教えてくれるワークショップも展開。
PARIS BONSAI
住所:91, rue de la croix-nivert – 75015 – Paris
http://www.paris-bonsai.com/
Paragraph 03
苔玉を輸出するために大きな壁が立ちはだかっていた。植物防疫である。
そもそも苔玉の状態のままフランスに送ると、現地で中を割られて検査される可能性がある。そのため、苔のドライシートを持参してフランスで巻く必要があった。さらに花木を送るためには、事前に2回の栽培地検査が必要なため、「完成品の状態で送る」という目論みが完全に崩れてしまったのだ。
とはいえ、見本市の出展は待ってはくれない。まずは空輸によるテスト輸送を行った。日本で2回の栽培地検査を済ませた木瓜(ボケ)、アザレア、雪割草(ユキワリソウ)の3品種、計90本を用意。これらは土を落として根っこを洗い、消毒した状態ではじめて輸送ができる。
テスト輸送ではこのような状態で送る。左から木瓜(ボケ)、アザレア、雪割草(ユキウリソウ)
一度目の現地調査の2カ月後、水谷さんは再びパリにいた。日本からテスト輸送をした植物が無事に届いていることを確認した。
「手続き上の問題はクリアできたし、花木を空送できることもわかりました。しかし、これではスピーディな対応ができません。今回、テスト輸送を行った90本の花木以外に、今後、新たに植物を送る場合はまた2回の栽培地検査が必要になります。仮に発注を受けてから栽培地検査をすると、現地への納品は来シーズンになってしまうこともある。植物には旬があるし、それではトレンドにも追いつかない……」
手だてはないかと、パリ郊外にある「ランジス市場」に立ち寄ったが、ここで、日本からの植物輸出に追い打ちをかける事実が発覚してしまう。日本でしか手に入らないと思っていた花木の多くが市場で普通に売られていたのだ。
パリ郊外にある「ランジス市場」
椿など和のテイストをもつ品種も売られていた
「『アザレアも手に入っちゃうじゃん! これじゃあ差別化できないよ』ってなりまして……。わざわざ日本で2回の栽培地検査を行って、手間とコストをかけて送るものが簡単に現地で手に入ってしまう。このまま日本から草木を送り続けるのはどうなんだろうかと、ひたすら悩み続けました」