2018.08.23
アンビエンテ運営会社に問う、見本市で成果を挙げる方法
成功企業と失敗企業の違いとは?
新規顧客を獲得するのに、見本市や展示会への出展は有効な手段のひとつ。しかし、やり方を間違えると機会損失につながりかねない。では、どのような点に注意するべきなのか。世界最大級の国際消費財見本市「アンビエンテ」をはじめ、運営サイドとして多くの出展企業と接してきたメッセフランクフルト ジャパンの統轄マネジャー、川津陽子さんに話を聞いた。
2018.08.23
成功企業と失敗企業の違いとは?
新規顧客を獲得するのに、見本市や展示会への出展は有効な手段のひとつ。しかし、やり方を間違えると機会損失につながりかねない。では、どのような点に注意するべきなのか。世界最大級の国際消費財見本市「アンビエンテ」をはじめ、運営サイドとして多くの出展企業と接してきたメッセフランクフルト ジャパンの統轄マネジャー、川津陽子さんに話を聞いた。
1907年に設立された国際見本市主催会社、メッセフランクフルト(※)の日本法人で海外見本市を担当。ドイツ・フランクフルトで毎年2月に開催されている世界最大級の国際消費財見本市「アンビエンテ」で、2009年からスタートした伝統とデザインが融合した日本のものづくりを世界に発信する出展プロジェクト「ジャパンスタイル」の立ち上げにも携わる。
※メッセフランクフルト…世界30ヵ所に拠点を持つ世界最大規模の国際見本市主催会社。ドイツ本社はフランクフルトの中心部に東京ビッグサイトの約4倍となる規模の国際見本市会場を保有し、毎年「アンビエンテ」をはじめとした国際見本市や国際会議、ゲストイベントを開催している。
Paragraph 01
海外展開を考えるとき、まず検討されるのが国際見本市への出展だろう。一方で、どの程度の成果が期待できるのか、不安に思う人も多いはず。出展料などある程度まとまった資金が必要になるのだから、当然のことだ。
そこで、今回インタビューしたメッセフランクフルト ジャパンの川津陽子さんに、出展企業がどのような成果を挙げているのかをまず聞いたところ、何社かのデータを提供してもらうことができた。さっそく見ていこう。
まず、岐阜県土岐市にある有限会社ZERO JAPAN。ティーポットやコーヒードリッパーなど陶磁器製品の企画・製造・販売を行っており、100色以上のカラー展開と少量の生産ロットが特徴。600種以上あるアイテムは日本で在庫管理している。
「ZERO JAPANさんは、15年近く一度も休まずアンビエンテに出展されています。当初はジェトロさんのパビリオンでの合同出展でしたが、現在は単独のブースです。巨大なブースを構えられたわけではなく、日本でいえば2コマ程度。ブースデザインも至ってシンプルですが、現在販売網を45ヵ国以上にまで広げられています」
そう説明してくれた川津さんは、「地道な取り組みが成果につながった事例のひとつ」と分析する。また、アンビエンテ出展で成果を挙げた企業として注目したいのは、同じく岐阜県の郡上市にある1965年創業の八幡化成株式会社だ。自社デザイナーによるプラスチックの雑貨や日用品を製造・販売している。
ZERO JAPANは設立当初から海外展開を行っていたが、八幡化成の場合、20年前の海外売上比率は0%。10年前には1~2%の売上があったが、これは間接貿易によるもの。ところが、2011年に初めてフランスのメゾン・エ・オブジェに出展し、その後アンビエンテやニューヨークギフトショーなどにも継続して出展。その結果、今では直接貿易が売上全体の12~15%を占めるようになっている。
興味深いのは、この2社はいずれも海外代理店を確保済みだという点だ(ZERO JAPANは2012年から、八幡化成は2014年から)。海外販売のための拠点をすでに持っているにも関わらず、国際見本市への出展を続けている。この事実は、見本市が新規顧客獲得に有効だとの両社の認識を示しているといえよう。
Paragraph 02
前段で紹介したのは欧米の見本市への出展企業だが、アジアでも同様の成果が出ている。たとえば中国での成功事例として、メッセフランクフルトが主催・運営する「インターテキスタイルパビリオン深セン」と「インターテキスタイル上海 アパレルファブリックス」に出展している大阪のテキスタイル企業2社に注目したい。
まずは、中国のブランドとの取引を広げている株式会社クリスタル・クロス。出展を開始した2013年には海外売上はほとんどなかったものの、3年後の2016年には18%まで跳ね上がっている。2017年は25%を見込んでいるそうで、取引先の約8割は見本市で出会ったという。
もう1社は、1966年創業の株式会社サンウェル。前出の八幡化成と同様に20年前の海外売上比率はほぼなく、10年前でも2~3%程度。しかし、2010年にインターテキスタイル上海でラグジュアリーブランドと取引が成立し、中国のみならずヨーロッパ向けのビジネスにもつながった。現在の海外売上比率は15%に達している。
これら4社のデータを見る限り、見本市への出展が、少なくとも海外展開を後押しする要因のひとつになっていることは間違いなさそうだ。そこまでの威力を発揮できる理由はどこにあるのだろうか。川津さんはこう分析する。
「バイヤーやディストリビューターなど、関係者が一堂に集う場所で商談できるというのが、見本市のいいところではないかと思います。ウェブでいくらでもターゲットは探せますが、1社ずつコンタクトしていくと果てしない労力を必要としますので」
“売りたい”ニーズと“買いたい”ニーズが合致する場所。考えてみれば、そういったプラットフォームはあるようでなかなかない。今はビジネスマッチングサイトも増えているが、ニーズの出会う場所が少ないことの証左ともいえるだろう。
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“売りたい”“買いたい”ニーズが合致する見本市。その中でも、アンビエンテの存在感は圧倒的だ。2017年の出展者数は97ヵ国・地域の4,460社。バイヤーやディストリビューターにとってもビジネスチャンスを掴みにいく場所であることは、来場者が出展者の1.5倍となる154ヵ国・地域から集まっていることからもわかる。しかも、約14万人の来場者のうち、地元であるドイツは約65,000人。ドイツ以外が約75,000人と、他国からの来場者のほうが多いのも大きな特徴だ。つまり、世界中の人たちと短期間でコンタクトをとれるチャンスがあるということになる。
こうした見本市という場が持つ強みは、海外大手メーカーもよく理解している。現場を熟知している川津さんは、ある例を紹介してくれた。
ドイツの一部有名ブランドなどは、広大なスペースを確保して2階建てのブースを展開しています。1階で展示し、2階はカフェテリアにしているのですが、昼間からシャンパンを振る舞いつつ商談を進めています。会期の5日間で、いろいろな国の人と1年分の商談をまとめるんじゃないかと思わせるほど、強い意気込みが感じられます」
その取り組みを「圧巻」と表現した川津さん。世界有数のメーカーがここまで力を注いでいることからも、見本市の重要性が伝わってくる。
とはいえ、1回の出展では効果がないというのもよく聞く話だ。また、出展料も決して安くはない。最小面積での出展でも、2人社員が出向けば150万円程度はかかってしまう。そのあたり、運営サイドとしてはどのように捉えているのだろうか。
「出展企業さんに必ず申し上げていますが、1回の出展で元を取るのはなかなか難しいです。これは、出展企業さんの問題というよりも、バイヤーさんがカバーしきれないのが原因かもしれません」
そう話す川津さん。特にアンビエンテの場合、約4,500社も出展しているのに加え、東京ビッグサイトの約4倍という会場規模の大きさも影響しているに違いない。バイヤーとしても、来場前にプランを立てなければ回りきれないのだろう。
「そもそも、バイヤーさんやディストリビューターさんの目的に合わせて回れるようなホール構成になっていますので、新規出展であってもしっかりチェックしているバイヤーさんは珍しくありません。継続出展3年目で、『実は一昨年くらいから気になっていたんだ』とバイヤーさんがやってきた話も多いのです」
継続して出展することで、ある種の信用を得られるという側面もあるようだ。出展企業と同じように、バイヤーやディストリビューターも海外取引はリスクが大きいと感じているからだと川津さんは説明する。
「見本市は、肌で感じられるマーケティング手法ですので、出展することでさまざまな“気づき”が得られるのもいいところだと思っています。テストマーケティングができるだけでなく、その企業さんに適した海外展開の進め方を掴むきっかけにもなりますので、3年は継続して出展することをおすすめしています」
「3年間の継続出展」は、MORE THAN PROJECTで海外展開を支援するプロデューサーやディレクターもよく口にする言葉だ。逆にいえば、1回の出展で長期的なビジネス展開につなげるのは難しいと考えるべきかもしれない。
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川津さんによれば、アンビエンテは非常にリピーターの多い見本市だという。それでも、1回出展しただけで撤退する企業も存在する。そうした企業の多くに共通するのが「準備不足」だ。
「アンビエンテは“買い付けの場”といわれていまして、買い付ける気満々でやってくるバイヤーさんが非常に多いんです。その場で契約が成立することも珍しくありませんので、出展者さんがブースでオーダー表を持って待っている姿をよく見かけます。ところが、新規の出展者さんの中には、そのあたりをあまり理解されていなくて、商品の値段を聞かれたときに答えられない方もいます」
せっかく興味を持ってくれているのに、バイヤーがもっとも知りたい情報のひとつである値段すら伝えられないのはもったいない話だ。川津さんは、FOB価格の設定はもちろん、少なくともターゲットとしている地域に関してはシッピングコストも事前に把握し、提示するべきだと指摘する。
「その場で答えられないと、『来週、日本に帰ってからメールします』と伝えざるを得ません。それから受注につながればいいのですが、目の前で実物を見ることによって生まれる“その場の熱”が見本市にはありますので、その熱を活かして即受注につなげるのが非常に重要だと思います」
それ以前の問題として、英語の資料が用意されていない、日本語の名刺しかないといった出展企業も稀に見かけるという。また、アンビエンテでは、公式サイトに出展者を紹介するページがあり、自分で書き込める仕組みとなっているが、そこにすら手を入れていない企業も存在する。
「アンビエンテの公式サイトで出展者をチェックし、マイページを作成して会期中に回るルートを決めているバイヤーさんも多いので、有効活用しない手はありません。そうした準備をどこまでしっかりできるかが、成果に少なからず影響しているのではないでしょうか」
成果を挙げている企業は、そうした準備やフォローをきっちりとこなしている。ウェブサイトの英語版を事前に開設するのはもとより、出展後のお礼メールや定期的な英語版リリースの配信、海外出張中に知り合ったバイヤーやディストリビューターへの訪問を組み込んでいる企業もあるという。逆に、英語の資料を用意しないといった“海外非対応”の企業は、社内に英語のできる人が1人もおらず、お礼メールすら出せない場合もある。機会損失としかいいようのない状況であり、成果が出ないのは製品だけが原因ではないことがわかる。
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綿密な準備は、出展スペースを確保するうえでも欠かせない。ポイントは、見本市を主催・運営する側も“いい展示”をしたいと考えていることだ。バイヤーやディストリビューターにとって価値がある展示であれば、さらに多くの来場者を呼び込むことができる。
「ですから、出展を希望される企業さんには、簡単でいいので製品の特長や素晴らしさをアピールする資料をまとめてくださるようお願いしています。そうしていただくと、アンビエンテをはじめ海外見本市の現地ホール担当者にも推薦しやすいのです」
アンビエンテは世界中から人気を集めている見本市のため、新規の出展は原則としてキャンセル待ち。中でも、リーズナブルなサイズは競争率が高い。残念ながら、キャンセルが出なければ出展することはできない。しかし、その前に準備を重ね、主催者側に熱意を伝えることで、出展の可能性を広げられることは間違いなさそうだ。実際、川津さんは「現地のホール担当者と話がしたい」といった要望にも可能な限り対応している。たとえば、次の開催での出展を希望している企業が、視察を兼ねてアンビエンテを訪れたとき、商材を持ってきてホール担当者へプレゼンテーションしたこともあるという。それが実際に功を奏するかどうかはともかく、少なくともホール担当者の心を動かすことは間違いないだろう。
また、「メイドインジャパン」であることは、それだけで有利だと川津さんは指摘する。
「日本の商材はやはり強いですね。どの分野の担当者からもポジティブに受け止めてもらえます。東京で開催している姉妹見本市『インテリア ライフスタイル(Interior Lifestyle Tokyo)』にも海外のバイヤーさんを多く招聘していますが、品質だけでなくミニマルなところ、パッケージの美しさなども非常に高く評価されています」
そうした海外の反応に応えようと、メッセフランクフルト ジャパンが主体となってアンビエンテで取り組んでいる出展プロジェクトが「ジャパンスタイル」である。川津さんは、2009年からスタートしたこのプロジェクトの立ち上げに携わった。立ち上げから10年、今やプレミアムホール「Loft」(※)の中でもバイヤーの注目を集める存在となっているが、なぜこうした企画を考えたのだろうか。※ホール編成の変更に伴い、2019年開催より「Interior Design」にて出展。
「その前年に経済産業省の補助事業によるグループ出展がありまして、日本の優れた製品を1ヵ所に集めてみなさんに見てもらえる最初のきっかけだったと思うのですが、これが非常に好評だったんです。そして、関係各所にヒアリングをしたところ、海外展開したいと考えている企業さんが日本にまだまだたくさんいることもわかりました。ならば、『日本の代表』として、ストーリー性のあるものを発信していけないだろうかと思ったんです」
こうしてスタートしたジャパンスタイルは、まず主催者側から絶賛される。ただでさえスペースを確保するのが難しいアンビエンテで、プレミアムホール「Loft」での出展を続けられているのがその証だ。「上質な日本のデザインプロダクト」を集めた展示に価値を見出していることの表れでもある。
「毎回、ジャパンスタイルではカクテルアワーをやっていまして、海外のバイヤーさんにご案内を出しているんですが、参加者数は年々増えています。毎年立ち寄るバイヤーさんも増えて、着実に認知度が上がってきていると思います」
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ジャパンスタイルのような出展プロジェクトへ参加することは、いくつものメリットがある。まず、一定数の企業が合同で出展するため(2018年は14社)、アンビエンテのような超大型見本市の中でもある程度の存在感を発揮できる。「上質な日本のデザインプロダクト」を集めた展示だと認知されてきているため、そういった製品だと最初から見てもらえるのも大きい。さらに、交流会を実施することで、ナレッジの共有まで実現している点にも注目したい。「当初は、弊社からの出展説明会だけをやっていたんですが、私たちからの一方的な投げかけに終わってしまう傾向がありました。出展者ならではの共通の悩みをみなさんお持ちですので、出展者さん同士をつなげようと考え、4年くらい前から会期前に東京で食事会を兼ねたネットワーキングを開くようにしています。コンセプトディレクターをお願いしているTIME&STYLEの吉田龍太郎さんとYOnoBIの渡邊真典さんがすでに自身の参加を通じて海外見本市を熟知されていることもあり、初めての出展者さんにお二人のノウハウを伝えていただきたいといった思いもありました」
アンビエンテの会期は5日間だが、準備を含めるとジャパンスタイルの出展者は1週間一緒に過ごすことになる。事前に顔合わせをしてコミュニケーションをとっておくことで、結束が固まるという。
「小さなブースだと、社員が2人くらいしかいないこともありますが、どちらかが接客してどちらかがトイレに行ってしまうと、もう1人お客さんが来たときに対応できません。でも、ジャパンスタイルでは隣のブースの人がサッと出ていってパンフレットを渡すといったフォローをしています。そういった一体感は、国内の見本市ではなかなか見られない光景でしょう」
また、現場でしか得られない気づきや、そこから生まれるアイデアも共有している。
「一発のバイイングよりも、安定した取引継続が期待できるディストリビューターさんを探している出展者さんが多いのですが、『すでにディストリビューターがいる国ばかりが来る』といった悩みもあります。ある出展者さんは、世界地図をブースに貼って『この国はすでにディストリビューターがいる』というのを示していました。一定の国のディストリビューターを探しているということを明確に訴えた形です」
見本市でそんなことをしてもいいの? とつい思ってしまうが、バイヤーやディストリビューターにとっても無駄な時間を使う必要がないのはメリットだろう。むしろ、効率的なマッチングを促しているという意味で、参考にするべき手法ではないか。
また、こうして川津さんに話を聞いてきて感じるのは、見本市運営会社が想像以上に出展者をサポートする姿勢を持っていることだ。ホール担当者との交渉から出展者同士の交流促進まで、幅広くフォローしてくれる。当然ながら多くの事例を見ているだけに、初めて見本市出展を考えるならば、まずは気軽に相談するところからスタートするのもよさそうだ。
「出展の機会を最大限に活かしていただきたいと思っていますので、何でも遠慮なく聞いてください。弊社は世界各地で様々な産業の見本市を開催していますので、目指す市場に合わせた見本市をご紹介することもできます。今後は、アンビエンテのジャパンスタイルのように、他の海外見本市でも日本のグループ出展やパビリオンを増やしたいと思っていますので、どうぞご期待ください!」
TEXT:高橋秀和